第七十七話 俊也の実力
試合前の準備として、俊也には防具と、驚いたことに彼が日本でいつも使っていた竹刀そっくりな稽古用の剣が渡された。聞いてみると竹剣と呼んでいるらしい。俊也の手にそれは非常にしっくり馴染んだ。
「よし! いいな! 一本勝負! 始め!」
審判を務めるイットウサイの開始の声と共に、試合は本館の中央部で始まった。一応場外反則はあるが、剣道の試合場よりかなり広く場が取られているため、その反則が適用されることは稀だろう。
「やぁあああ!!」
「おおぉぉおおお!!」
ユリの気合声に呼応し、俊也も気力が充実した肚の底からの凄声で圧する。その響き渡りと彼の隙がない正眼の構えを見たイットウサイ、ユリ、周りを取り巻く門下生達は、一様に眼が変わった。ただ、ユリと対峙している俊也もそれは同じである。
(これはできる……)
(これは……手抜きなんかできないわね……)
俊也の正眼に対して、ユリも正眼に近く剣を構えているが、彼女の剣は相手の喉元につける正眼よりやや下方を向いている。双方間合いを取りながら反時計回りに足を運んでいたが、先に詰め打ち込んだのは俊也だった!
「面!!!」
一瞬だけユリの虚を突くことができ、猛然とした瞬発力で放った面だが、ユリはギリギリの所で受けることができ、両者の体勢はそのまま鍔迫り合いに入る。俊也の凄まじい打ち込みを見た練成場の一同は、それだけで彼の実力の底が知れないことを確信的に読み取れている。
「たあぁ!!!」
次に仕掛けたのはユリである。彼女は鍔迫り合いからそれを流すように後ろに下がると、すぐさま、前に逆胴を打ち込んできた! 流麗な剣技である。意表を突かれた俊也だったが、彼も体に染み込んだ反射でそれをかわし、再び試合場の中央付近で間合いを取る俊也とユリが見える。
(ふむ……ここまでやるとは……。これだけでも試合は充分だが……)
もう俊也の力量はイットウサイには正確につかめている。そのために愛娘と試合をさせたわけで、もう目的は果たせたのだが、この素晴らしい好試合を止める野暮なことは、責任者である彼もしなかった。
そういう雰囲気を読んだのか、試合場全体に刹那の緩みが走る。俊也だけは鋭敏にそれを感じ取り、スルスルとユリとの間合いを詰めると、渾身の面を再び放った!
「面!!!」
今度は完全に虚を突いた素晴らしすぎる面である。ユリの頭防具へ見事に決まると、
「一本!!! それまで!!!」
審判イットウサイの腕が迷いなく上がった。