第七十六話 愛娘ユリ
イットウサイは少しの間、俊也の全体を眺めるともなしに眺めていたが、軽くうなずくと何かを決めた。
「さてと……。粗さは幾らか見えるが素質が凄いのは、こういう生業から見て分かる。俊也君、君を半月程預からさせてもらうよ。ソウジの頼みとはいえ、あまり乗り気じゃなかったんだが、君を見て気が変わった」
「おお! それならよかった! みっちり鍛え上げてやってくれ。彼もそれを望んでいるはずだ」
「はい! ご指導よろしくお願いします!」
俊也の顔には覇気がみなぎっている。イットウサイはそれを好ましく思ったが、一方で一抹の危うさも感じていた。剣気を抑えきれない俊也を見つつ、イットウサイの視線はその先の稽古場で、相手を流れるような連続技で攻め立てている剣士の姿に移っている。
「まあよろしく頼むよ。それとそんなに急きんさんな。俊也君を試すわけじゃないんだが、まずはここの門下生と試合をしてもらおう。ユリ!」
肚からのよく通る声でイットウサイが呼ぶと、その視線の先にいる華麗な技で攻め立てていた剣士は稽古を中断し、防具をサッと外すとこちらにやって来た。遠目で稽古用の防具を付けていたので俊也たちには分からなかったが、その剣士はセミロングの青い髪を持つ、凛とした切れ長の目をした美少女である。
「私の娘です。ユリご挨拶しなさい」
「練成場の主、イットウサイの娘、ユリといいます」
「矢崎俊也と申します。半月ここで稽古をつけて頂きます。よろしくお願いします」
「うむいいだろう。ユリ、この方と試合をして欲しい」
父親がそう頼んでいるのだが、この美少女剣士は俊也を見て何か納得がいかないように返事をしかねている。この娘には、多少聞かん気があるようだ。
「本気でですか? 半月稽古が出来なくなるかもしれませんよ?」
「こら! ユリ! すまんな俊也君……。男手一つで育てたのもあってこうなってしまったんだが……」
ユリは失礼というよりは本当に俊也の身を案じて返事をしかねているのだろうと、いつも行われているのであろう親子のやり取りを見て、そう俊也は考えていた。確かにそれほどの自信が持てる剣技をユリは持っていると、彼にも分かる。
「案外、まともに稽古がしばらく出来なくなるのはお前かもしれないぞ。私が言っているんだ、立ち合ってみなさい」
「ムッ……。分かりました。それなら私が御相手をしましょう。俊也さんとおっしゃいましたね? お願いします」
ユリは俊也に一礼をし、俊也もそれに返した。練成場本館は水を打ったように静かになり、この外から来た剣士がどれほどのものか、これから始まる試合を見守る門下生たちの中で、興味を持たない者はいない。