第七十五話 イットウサイ
ソウジが練成場の主、イットウサイに俊也を引き合わせるため、先に立って門をくぐり、俊也を案内してくれている。大門から先も広々とした外の空間があり、そこで鍛錬を重ねている剣士たちの姿も見えた。俊也の眼は爛爛と輝いている。三歩後に続いてついてきているセイラは、タナストラスへ来て一番生き生きした眼の俊也を見て多少ならず驚きを感じていた。
(俊也さんは根っからの剣士なのね。私たちに見せる顔と全然違うわ)
明らかに嬉しがっている俊也の顔は、セイラを満足させたが、同時に多少の嫉妬のようなものも彼女に感じさせている。
「この中にイットウサイさんがいるはずだ。入ってみよう」
「これは……。なんというか凄い気圧? を感じます」
「そうなのかい? 剣の道を歩んできてる君にしか分からない空気があるんだろうな」
厳粛で無駄のない作りの練成場本館に、ソウジを先頭として三人は入ろうとしていた。俊也は既に、押されるような引き寄せられるような、不思議な気の力をそこから感じている。
激しい稽古が本館のあちこちでつけられている。その各所を落ち着いた雰囲気で見回り、所々稽古の修正を各人にしている40代後半くらいの男がいた。
「やあ、来たのか。久しぶりだったね」
「やあ、トラネスへの行商は再々あるんだが、間隔が空いてしまったね」
どうやらソウジとイットウサイは、お互いかなり親しい友人であるようだ。しっかり再会の握手を交わすと、イットウサイはすぐに俊也の存在に気づいた。
「彼がそうなんだね。なるほど、なかなかない雰囲気を持っているが……まだ多少粗いかな」
(!? ……)
「おいおい、いきなりだな。俊也君が面食らったぞ。まあお前らしいけどな」
挨拶しようと進み出る途中で、見透かされるようにスパッとイットウサイから評をされてしまい、俊也は先を取られてしまった形になった。それを笑ってみているソウジが執り成し、機先を制された俊也に、もう一度挨拶の機会を与えている。
「矢崎俊也と申します。よろしくお願いします」
「私はイットウサイです。この練成場の主でもあります。しっかりした挨拶ができる若者だね。気に入ったよ」
「そうだろ。こんないい子はそうそういないぞ。しっかり可愛がってやってくれ」
壮年ながら崩れていない端正な風貌を自然に保っているイットウサイの眼を、俊也は見てみた。その眼が持つ剣の悟りに彼は圧倒され、生唾をごくりと飲み込み気持ちを落ち着かせている。