第七十四話 修羅への入り口
水運の町らしく、商団が泊まった宿は川に面していた。まずソウジはゆっくり休養を取り、明日からの仕事に向けて英気を養うように雇用人に命じている。俊也とセイラも同様の指示を出されたので、二人は軽く宿の周りを散歩した後、その日は川のせせらぎを聞きながらよく眠った。
翌日の早朝。
「俊也君。今日は君を連れていきたい所があるんだ。すまないが同行して欲しい」
早い朝食を取りながら、ソウジと俊也、セイラは十分な広さがある宿の食堂で話をしている。トラネスに来る前から、ソウジは何かとはっきり俊也に言っていない部分があり、今朝の会話もそうである。人を詮索することがほとんどない俊也であったが、ここまでで流石にかなりの引っ掛かりを感じている。それでも彼は深く質問せず、
「分かりました。どこにでも同行します」
と、潔く答えた。ソウジは俊也の変わらない誠実な態度に満足そうである。
「ありがとう。すまないね。なぜこんなに隠し事をするように話をしているかというと、君がどれだけ喜んでくれるかを見たいからなんだ」
「?? 俺にとってそんなにいい所に行くんですか?」
「ああ。気に入る気に入らないの話を越えた、俊也君にとって素晴らしい所だよ」
ソウジはどうやら一番最後に最大の楽しみを取っておく性格らしい。会話を聞いていたセイラが、そっと耳打ちで教えてくれた。俊也のややもするとキョトンとした表情を見て、楽しそうな微笑みを浮かべ、ソウジは食後のお茶を飲んでいる。
ソウジ、俊也、セイラの三人は、宿から川沿いに東へ伸びている道をしばらく歩いた。そしてある建物が視界に入り、それがだんだん大きく近づいていくにつれ、俊也の表情は驚きと歓喜が混ざった表情に変わっていった。予想通りの彼の喜びを見て、ソウジもセイラも顔を合わせて笑顔を浮かべている。
(イットウサイ剣術練成場)
剣道場のような作りではなく洋式の作りではあるが、その練成場は大きく、中から聞こえてくる稽古の気合声も激しい。俊也は練成場の門前にいるだけで、武者震いが起き奮い立っていた。
「ソウジさん! こういうことだったんですね!」
「はははっ! 予想通り……いやそれ以上に喜んでくれたようで嬉しいよ。そうさ。俊也君、君がここで稽古を受けられるように、練成場の主、イットウサイ先生に話を通しておいた」
「ありがとうございます!!」
興奮のあまり、思わず俊也はソウジの腕を握り、非常な感謝の意を伝えている。ただ、この練成場の門は俊也にとって、修羅への入り口ともこれからなるであろう。