第七十三話 水運の町・トラネス
トラネスへの街道。俊也は遠出の時の移動手段として、すっかり彼の中で定着した借馬に乗っている。ソウジが率いる商団の護衛として来ているので、すぐ傍にはソウジが乗っている馬車があるわけだが、その中にはセイラもいる。サキは今回ついてきていない。
この旅にもサキは叫びたくなるほど俊也について行きたがっていたが、姉のセイラが彼女にこう説いている。
「俊也さんは体が治ったとはいえ、状態はまだまだなの。嫌味に聞こえるかもしれないけど、サキ。俊也さんの治療は私が主にしたわね?」
「うん……。それはそうだけど……」
「そうよね? また俊也さんに何かあった時、私のほうがすぐ対応できるわ。それにあなたもトラネスについてきたら、お母さんが一人になっちゃうでしょ。今回は留守をお願いできない?」
サキも譲らない性格だが、セイラもこう決めたらてこでも動かない。セイラのほうがそういう頑固さでいうと勝るかもしれない。渋々とサキは折れ、今の道中に至っていた。
ソウジが事前に伝えていた通り、トラネスへの街道はよく整備されており、移動は極めてスムーズで何事もなく目的地へ着くことができている。ほとんど俊也は仕事をしていないことになるが、それでもソウジは報酬として1000ソルを彼に渡していた。いかにソウジの気前が良く、俊也を買っているかがそれからも分かる。
大きな川が町の中央をちょうど分けるように流れている。ここがトラネスだ。水運を利用した商業が盛んな町で、ここよりさらに東へ行くと、トクベエが言っていた東の大陸まで航行できる港と船がある。この大陸(西の大陸)の海の玄関口と言ってよい。
町の往来はどこも賑やかで、カラムより活気があるようにも見える。昼の日差しが高く彼らを照らしていることも、そう見える一因かもしれない。雨が最近多く降っていたが、今日の夏の陽は眩しい。
「着いたね。ご苦労さん、俊也君」
「いえいえ。俺は全く何もしていませんよ」
「そんなことはないさ。ここまでついてきてくれたのに大きな意味があるんだよ」
「???」
多少不思議なねぎらいかたをするソウジに、俊也は小首をかしげていたが、ソウジはそれを見て少し微笑んだだけで後は何も言わず、商団がしばらく寝泊まりする宿へ馬車を向かわせた。
少しの間、佇んで馬車の行先を俊也は見ていたが、我に返ると慌ててソウジの後を馬で追っている。セイラは一連の様子を見つつ、彼女にしては珍しくおかしそうに笑っていた。