第七十一話 セイラの母性
正門の来客は町長のトクベエだった。テッサイから俊也の傷のことを聞いて気になり、見舞いに来たのだろう、手には菓子折りを携えている。
「俊也さん、大丈夫ですか? もう動けるのですか?」
「ええ。まだ完調ではありませんが、かなり刀を振れます。トクベエさん、見舞いに来てくれたんですね? ありがとうございます」
「いや礼はよして下さい。あなたをここまでの目に遭わせたのは私です。まずそれを謝らさせて下さい」
トクベエは心底申し訳なさそうで、深々と頭を下げていた。ハイオークとの戦いで瀕死の目に遭った当人の俊也は特に何も気にしていないようだが、傍らで見ていたセイラはトクベエを許さず、厳しく咎め始めている。
「俊也さんはもう少しで命を落とすところでした。治療はギリギリ間に合いましたが、トクベエさん。俊也さんが亡くなっていたとしたら、あなたは俊也さんを生き返らせることが出来ましたか? 何か責任が取れましたか?」
「……セイラさんがおっしゃる通り、私に責任を取るすべはありませんでした。異世界からの救世主様を、私の依頼で失う可能性があったのに……」
「まあ、セイラさん……。そこまでキツく言わなくても……」
「いいえ。駄目です、俊也さん。トクベエさん、御見舞に来て頂けたのは有り難いですが、俊也さんはあなたの依頼のために、まだまだ体が思わしくありません。今日はこれでお引き取り下さい。そして、充分反省なさって下さい」
「セイラさん……」
セイラとの付き合いはまだまだ長くはない俊也だが、今までこのような剣幕で怒るセイラを彼は見たことがなかった。タナストラスで色々危険な目に遭ってはいるが、そのどれよりも俊也にとっては今のセイラが怖い。それゆえに、怒りの対象であるトクベエが気にかかってしょうがないようだ。
「分かりました。本当に申し訳ありませんでした。この気持に偽りはありません。責任を取ることは出来ませんが、私に出来ることを見つけて来ます。それを俊也さんにお返しさせて下さい。それでは失礼します」
再び深々と頭を下げ、町長トクベエは役所へ歩いて帰っていった。凛とした怒りの表情でそれを見ているセイラに、俊也は声を掛けづらかったが、
「さあ俊也さん、お部屋に戻りましょう。温かいスープを用意しますからね」
セイラの方から優しい笑顔で俊也の肩に柔らかく手をかけ、彼を気遣いそう促している。端正なセイラの顔を俊也は暫く見て何か考えていた。姉のような恋人のような彼女の想いを、俊也も分からないわけではない。