第七話 気がつくとそこは……
俊也は気がつくと、大きなもみの木の下にいた。最初、教会にあったもみの木の下にいると錯覚し、やはり夢でも見ていたのかと思ったが、そうではないようだ。周りを見回すと、教会はなく森林が広がっている。彼の家の近くにはこのような場所はない。
「大丈夫ですか、俊也さん。ここがタナストラスですよ」
仰向けから少し上体を起こした体勢でやや呆然と辺りを眺めている俊也を、サキはのぞき込むように見ている。
「そうなのか……!? 確かに何か分からないが、日本とは違う不穏な空気を感じるな」
野鳥のさえずりや虫の鳴き声が聞こえる和ましい森林なのだが、異世界からの救世主としての適性が高い俊也の感覚がそう感じさせるのか、彼にはこの世界のわずかな空気の違和感が見えるようだ。
「俊也さんは、はっきりと分かるんですね……。数年前は平和そのものな世界だったんですが、だんだんと悪い方向へ変わってきています……」
元気なサキだが、自分がいる世界の苦境を話すその声は沈んでいる。整った彼女の顔も悲しそうで、ともすれば愛らしい目から涙がこぼれそうである。
「なるほどな。まあ来たからには何年でも頑張ってみるさ。どこか町のような場所があるのかな? サキ、案内してくれないか?」
サキを元気づけるように俊也は明るい声で話しかけ、タナストラスの案内を頼んだ。朴念仁なところがある彼だが、彼女のいつもの明るさに好意を持ち始めていて、無意識に明るいサキを見たいと思い、そういう言葉が出たようだ。
異世界を繋ぐ歪みがある森の大きなもみの木は、森の深さとしては浅い所にあり、そこから平原に出るのにはそれほど時間はかからなかった。
「俊也さん、こっちですよ。もう少しでカラムの町に行ける街道があります。カラムは私が生まれた町なんです」
サキは日本で救世主を探すため、何日か帰れていなかった故郷の町に戻れるのが嬉しいようで、彼女が生まれつき持っている明るさも、もう戻ってきていた。足取りも軽く、ちょっとした歌を歌いながら歩いている。
(サキを見ていると飽きないな……)
俊也はそんなことを考えてサキの後を歩いていたが、出てきた森の方向から妖しい気配が近づいてくるのを鋭敏な感覚で察知した。
「サキ。ラダだ。二匹いるよ」
「えっ! ホントだ……近づいてきてる……」
少女を守りながら逃げ切れる距離ではなさそうだ。俊也は何百万本と振り込んできた愛用の木刀を、彼の家から持ってきた竹刀袋からするりと出して構え、サキを後ろに守りつつおぞましい三つ目の妖犬の襲撃に備えている。