第五十八話 いい心意気だ
俊也が入って行った商店は女性物の衣服を扱う、日本のやや古い言い方で言えば呉服屋である。どういうわけか彼はその店に興味を持ったようだ。俊也を追ってきたサキも「えっ、なんで」と声に出して意外に思っている。
「いらっしゃいませ」
「色々見させてもらってもいいですか?」
「どうぞどうぞ、ご自由に。ご来店ありがとうございます」
丁寧な言葉遣いで応対しているのは店主だろう。貫禄がありながら嫌味がない応対に、俊也とサキはそれぞれ好感を持っている。しばらくは自由に、色合いや生地が良い衣服や反物を見物していたが、俊也は店主にそれとない案内を頼むため、声をかけた。
「この店のおすすめの品物を教えてくれませんか?」
「はい。では……こちらの反物はいかがでしょう。これは高い聖なる力を持った司祭が、清め作った聖水を用い、染色した絹織物です。お嬢さん、触ってみますか?」
「はい。すごく綺麗な色ですね……。とても滑らかですし……」
それは俊也もサキも最初から雰囲気を感じていた反物で、浅黄色をしている。厳かな聖なる力が込められていることが、それから二人には感じ取ることができた。
「気に入られましたか?」
「ええ。これは良いものですね。女性三人分の修道服を作られる長さ分だけ買いたいのですが……。かなり高くなりますかね?」
「そうですね。これはうちの逸品なので、値が張りますよ。」
「なるほど……。500ソルだと、どのくらい買えますか?」
店主はそこで俊也の人としての器量を測るように、彼を暫く見た。その後、何か納得がいったようで、俊也に対してこう提示している。
「金貨1枚では女性一人分の長さで関の山ですが、あなたはなかなか見込みのある若者のようだ。儲け抜きで三人分売りましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます! 感謝します!」
素直に喜ぶ青少年の俊也に店主は微笑みで返し、女性の店員を呼んで聖なる反物を長さ分裁ち切らせた。そこまでの様子をサキは口出しせず、普段に似合わないしとやかさで見ていたが、
「俊也さん。この反物は……」
「うん。マリアさん、セイラさん、それにサキ、君のために買うんだよ」
ニコリと笑いかける俊也に、サキは嬉し泣きをしながら抱きつきたくなる衝動に駆られたが、彼女は人の手前、頑張ってそれを自分の内に抑えている。
(お願いなので、後で抱きつかせて下さい……)
俊也にだけ聞こえるようにサキがそうささやいたのは、彼が大好きで積極的な彼女らしい言葉だった。