第五十四話 セカンドキス
防具の上からとはいえアイスドラゴンの攻撃を受けた肩の傷はなかなか深く、サキの回復魔法を用いても一度では治りきらない。時間を一日毎に置きつつ回復させる必要がある。ただこの治療で俊也は随分楽になったようだ。キュアヒールをかけてもらうまでは多少のうずきがあったのだが、今は傷にそれがない。
「おおっ!? サキの回復魔法はすごいな。さっきまでと比べるとかなり楽になったよ」
「よかった……。明日も治療しますからね」
傷の治り具合と俊也の笑顔を見たサキは胸をなでおろし、彼の肩にかざしていた手を自分の膝下に下げようした。が……珍しいことに、俊也がサキの手を嬉しそうな笑顔で自分から握ってきている。意外なことに彼女はびっくりしたが、「ありがとう」と屈託なく感謝してくれている俊也に、サキも自然と微笑みを返した。
(あっ……。今がチャンスだ!)
何かを思い出したようにそう考えが浮かんだサキは、俊也の顔に自分の顔を近づけキスを交わした。口づけをされた俊也は多少ならず驚いているが、サキの柔らかい唇を受け入れている。二人は長めの口づけを交わした後、どちらからともなくそれを離し、
「俊也さんと最初にキスしたのは姉だったので、私は代わりに長めの口づけをしました」
「そうか……。ありがとう、サキ」
と、熱っぽい潤んだ瞳を向けるサキに対し、俊也はどうしたものか分からず言葉少なに返している。美しい女になりかけている彼女のアプローチに、奥手の俊也は正直たじろいでいた。
「ちょっと入るよ。……これはどう見ても邪魔だったな」
そんな所へコンコンとノックをした後、入ってきたのはソウジである。俊也とサキがいる部屋は宿屋の一室で、もうひと押しする覚悟だったサキは、思わぬ邪魔にびっくりすると共にふくれっ面になった。彼女の父親であるソウジは面目なさそうに頭をかいている。
「もうちょっとだったのに……。お父さん! 何なのよ!」
「いやあ……しまった。すまんすまん、まあそう怒るな」
何がもうちょっとなのか俊也は考えないようにしつつ、結果的に助け舟を出してくれたソウジへ感謝し、彼も言うことを見つけて話しかけてみた。
「ちょうど治療が終わったところなんですよ。明日も回復魔法をかけてもらわないといけませんが、傷がすごく楽になりました」
「それは良かった。そうか。まだ私のここでの商いは時間がかかる。ゆっくり治してくれたらいいよ。それはそうと……ちょっと下に来て欲しい」
部屋の入口にいるソウジは手招きし、俊也へついて来るように促している。彼がソウジの後に続くと、部屋にちょこんと残されたサキは当然面白くない。が……恋路の邪魔をされた彼女は一緒に宿の一階へ下りる気にもならず、ベッドに体をドサッと投じ、しばらく何も考えなかった。