第四十四話 人斬りの葛藤とジャールの町への到着
コボルトの群れを全て斬った後、俊也はしばらくその場に留まり考えていた。今までは人とは大きく形が異なったラダやアカオオジシ、リバースライムを退治してきたが、今回斬ったのは人間に近い獣人コボルトである、人語も解する。
(これから人を斬ることがあるかもしれない……)
沈思しているのはこのことだった。多感な青少年の俊也には、人斬りが大きく心のバランスを崩すことになるかも知れない。それを彼自身が恐れているのだ。
「どうした俊也?」
テッサイは得物を収め先に行かせていた馬車の所へ馬を走らせようとしていたが、俊也がなかなか動かないのに気づき声を掛けてきた。
「テッサイさん……テッサイさんは人を斬ったことがありますか?」
「ああ、そのことか……あるぜ?」
「そうですか……俺はできれば人は斬りたくありません……」
「それじゃあこれからやってけねえぞ? いいか、人を斬るというのはこっちも理由があるということだ。俺も戦場やこういう護衛の仕事で人を斬った。殺した」
「……」
「斬ったやつらはこっちを斬ろうとしてきたわけだ。斬らなければ殺られる。これだけでも人を斬る理由になる」
「……分かってはきました」
「うん。もうお前は俺と一緒の世界にほとんど入っている。そこで深く考えないことだ。命を落とすぞ」
「はい」
心の引っ掛かりはまだあるものの、俊也は刀をしまい一つ大きな深呼吸をして馬に乗り、テッサイと共にソウジとサキが乗っている馬車まで馬が風を切るように走らせた。
その後の道程は順調で、商団は無事ジャールの町に着いた。
カラムの町より多少規模は小さくひなびた所はあるものの、中心街はこの町の名物である温泉関連の商売をしている店が多く出ており、観光客などで賑わっている。ジャールの主要産業である木材の切り出しは、町の外れにある山林で行われているようだ。
「俊也君、テッサイさん、ここまでありがとう。帰りも頼んだよ。予定通り一週間はジャールで商いをするようになる。それまでこの金を使って待ってて欲しい。これは仕事の報酬とは別だよ」
そう護衛の二人をねぎらうと、ソウジは気前よく500ソル金貨を俊也とテッサイにそれぞれ一枚ずつ手渡した。
「またこんな大きな金を……いいんですか?」
「前に言ったろ? 私はこの辺りでは名の知れた商人なんだ。君はそれだけの仕事をしている。その金で遊んできなさい」
「そうそう。ソウジさんの言うとおりだ。まずは酒場に行こうぜ!」
「酒場!? 俺はまだ飲めませんよ!?」
断ろうとする俊也をテッサイは引っ張り、無理やり温泉歓楽街の酒場へ連れて行ってしまった。女の勘で嫌な予感がしたサキもその後を慌ててついて行っている。