第二百七十五話 冥王カーグ・母公認の兄弟喧嘩その3
激しく斬り破られ、用をなさなくなった黒の外套を一瞬で脱ぎ捨てると、カーグは冥王の槍を捨て身の構えで俊也たち三者に向けている。一撃必殺、防御を捨てた最大の攻撃で何もかも終わらせるつもりだ。
「よく粘ったが、お前たちは次で終わりだ。私の槍を受けきれる力はもうないだろう? 死者の国で楽になるがいい」
「……来るぞ! 俊也君! 修羅君! 駄目でも受け切るしかない!」
「避けられませんからね……」
カーグの外套を斬り破るために、ネフィラスと救世主たちは死力を尽くし、もう今は余力がなかった。ネフィラスすら肩で息をしている。俊也と修羅に至っては回復が追いついておらず、呼吸が荒く、多くの手傷を負ったままだ。だが、目は生きている。
静かに狙いを定め、冥王カーグは神速の突貫で俊也たちを穿って来た! 全身全霊、何もかもかなぐり捨てた槍撃を三者は力を合わせて受け切ろうとする! しかしネフィラスと修羅は、存在自体が消されるかと思うほどの超大な攻撃のエネルギーに耐えきれず、吹き飛ばされてしまった! だが、真正面にいる俊也は、
「何だと!?」
「…………!!!」
『七色の聖輪』から厚い光の盾が広がり、彼は暖かく優しい力に守られた。そして俊也が持つ光子の刀は、冥王の胸を一点で深く貫いている!
「マナ……なぜだ……」
何千年も前に失った最愛の妻の名を、優しく輝く『七色の聖輪』に呼びかけ、カーグは力尽きた。光子の刀を彼の体から抜いた俊也は、ぐったりとした冥王をしっかり抱きとめている。
「妻は私を止めたかったのだな。私を救うには止めるしかないと……」
「そうだよ。それだけだったんだ。私もそうさ。兄さんのことを心配して止めたかっただけだよ」
「そうか、すまなかったな、ネフィラス……。迷惑をかけた……」
「もういいんだ。終わったんだよ」
カーグは力を失おうとしている。その中で気持ちの整理をつけ、この体での最期を迎えようとしているのだ。兄弟喧嘩は終わった。ネフィラスと俊也、そして修羅、また『送遠の玉』を通してサキ、セイラ、ジェシカも、幾星霜も苦悩してきた冥王を看取ろうとしている。
「……転生の玉を置くよ。兄さん、また一緒にやり直そう」
「分かった……。ただ、俊也よ。一つ聞きたい。なぜ私を最後に抱きとめてくれた?」
「俺はあなたにキレた。でもあなたを憎めなかった。俺にはうまく言えないけど、心配してくれている家族とやり直したらいいと思います」
「ありがとう……」
力尽き目を閉じると、冥王カーグの亡骸は『転生の玉』に吸い込まれ、玉のような赤ちゃんに変わった。一泣きした後すやすやとよく眠る赤ちゃんを、ネフィラスはこの上なく愛おしそうに抱きかかえている。
可愛らしい兄を見るその目は、慈愛の中に悲しい寂しさも混じっていた。