第二百七十三話 冥王カーグ・母公認の兄弟喧嘩その1
カーグは声を荒げた俊也に答えることなく冥王の槍を構え、静かに暗黒のオーラをまとっている。冥界を統べる王がその槍刃を振るえば、穿てないものはないだろう。
俊也がタナストラスに来てからずっと苦楽を共にしてきたサキとセイラは、彼のブチギレた様子を全て受け入れるように見ていた。そして、ジェシカ、ネフィラス神殿の祭壇の間で、方陣を敷いている修道女たちと力を合わせ、
『俊也さん落ち着いて! 修羅さん、ネフィラス様、お願いします! セイントライトフィールド!』
全てを全幅の信頼を寄せる三者に託し、身と魔力を惜しまず賭した聖なる結界を『送遠の玉』より生じさせる! 無限に広がる平野の草原が、黄金色の暖かい光で一面に覆われた!
「有り難い。これで地の利は相殺を考えて五分五分だ。俊也君、落ち着いたか?」
「腹は立っていますが、頭は落ち着いています」
ネフィラスには俊也の気持ちがよく分かっている。それだけに兄カーグを本気で咎めてくれた彼の言葉が嬉しく、笑ってみせた。
「有難う」
「えっ?」
「俊也に感謝してるんだよ。で、ネフィラス様、どうやって攻めたものでしょうか?」
「中途半端なことをしたら一瞬で終わりになるからね。私が全力で探りの剣を振ってみる。修羅君、俊也君、後のサポートを頼む」
『分かりました!』
示し合わせるや否や、ネフィラスは消えたかと思うほどの神速でカーグとの距離を一気に詰め、神竜の剣を敬愛してきた兄目掛けて、全力で振り落とした! まさしく空間すら断つ光の斬撃は、どのような防ぐ手立てもないと思われる。しかし、莫大な暗黒の力が乗った冥王の槍により、そのエネルギーがしっかり受け止められていた!
「強くなったな、ネフィラス」
「兄さんこそ! あの時の比ではない!!」
膨大を超えた光と闇のエネルギーにより、あたりにどこまでも生える低草が激しく戦ぐ。2柱の神々は剣と槍を交えつつ、子供に戻ったような笑顔を見せている。母カラ公認の、タナストラスを賭けた兄弟喧嘩だが、彼ら兄弟にとって、破れた絆を繋ぎ止め直す、そんな戦いでもあるのだろう。
「オオオオッッッ!!!」
「ハアアアァァァッッッ!!!」
二手に分かれ、人を超えた者にしか見えない速度で、俊也と修羅はネフィラスに助太刀する渾身の斬撃を、カーグの両脇から加えた。いくら冥王といえどもネフィラスとの鍔迫り合いの中、避ける手立てはないと思われたが……いや、実際なかったのだ。しかし転瞬、打撃を負い倒れていたのは、俊也たち三者であった。