第二百七十話 魔神アリス
眼前にある厳かで重厚な城塞、それが冥府である。冥王カーグは封印されて以後、二千六百年もの歳月をここで過ごして来た。封印が解けた今ではカーグの本拠地と言って間違いない。
「これも意外だな。俺はもっと闇にかかったような暗い建物をイメージしてたよ」
「確かに、考えていた冥府とは違いますね。ネフィラス様の城と少し似ています」
確実に冥府の前に俊也たちは居る。この場所へ来るには一足飛びになった。女神カラが転移の魔力を用いてヨミの町から送り出してくれたのだ。ここまで来れば、後はカーグと対峙する以外ない。そのため冥府の中に入っていくわけだが、俊也と『送遠の玉』を通してセイラが話しているように、冥王と呼ばれる存在が居るイメージが、ネフィラス以外にはいまいち湧かなかった。
「なんかなあ。兄のイメージはやっぱり悪いんだな。魔王や冥王と君たちは呼んでるけど、元々は神だったんだよ。神らしい城に住んでてもいいわけさ。カーグは今、大きく間違えているだけなんだから」
「ネフィラス様……」
カーグと戦う形で向き合おうとしているネフィラス自身が、宿敵の肩を持つというのもおかしな話である。しかし、一番兄カーグの身を案じているのは、他の誰でもない弟ネフィラスなのだ。峻厳の孤城で見せた昔の回顧による苦悩と、今しがたの発言が線で繋がる。ネフィラスは非常な葛藤を感じながらも、今、タナストラスを統べる者として冥府の入り口へ足を進めていた。
「お待ちしておりました。ネフィラス様、皆さん」
厳粛な冥府の城塞の正門に、黒と白を基調とするメイド服を着た無機質な、それでいて可憐な美少女が、一人出迎えてくれている。美しい金髪で、全てを見通すような青い目で彼女はこちらを見た。
(何だこの人は? とてつもない魔力と強さを兼ね備えている!? そもそも人なのか?)
目で射すくめられたように、俊也と修羅は危うく恐慌を起こすところだったが、何とか正気を保つことができている。美しさにおいても力においても、人を超越した、そんな美少女の眼光であった。
「君とも久しぶりだなあ、アリス。兄の世話を続けてくれてありがとう。感謝しきれないよ」
「私は御慕いしている方の御世話をさせて頂いているだけです。私が望んでいることに感謝など……。ともかく、カーグ様がお待ちです。御案内致します」
「相変わらずだなあ、君は」
アリスは冥府の正門を開け、ネフィラスと、幾らか彼女の存在に圧倒され気味の俊也と修羅へ、ついて来るように促す。