第二百六十九話 天秤と分銅
心地よい冥界での朝に、ともすれば目的を忘れかけてしまう。しかし、俊也たちは冥王カーグと向き合うために来たのだ。そしてそのことは、ネフィラスとカーグの母であるカラも重々分かっていた。
どちらも創生の女神にとって、可愛い、最愛の息子である。どちらかを贔屓するということは、母にとってもちろんない。だが、行っていることに否が大きいのはカーグであることは、カラも十分わかっていた。それだけに困った長男を見守る彼女は悩み続けていたのだが、次男ネフィラスが非常に長い年月を経て、漸く姿を見せに来たことにより、抱える問題におけるはっきりとした決心をつけたようだ。
「ネフィラス。母さんが許すから、お兄ちゃんを叩いてやっておくれ。このままだといけない」
「分かりました。母上に兄弟喧嘩の断りを得ようと参りましたが、やはり悩んでおられましたか」
穏やかで静かなヨミの町の様子が、温かい朝食を取っている部屋の窓から見える。そこからは丁度、どこまで続くか分からないほど広がる竜節花の花畑が、その青さを映えさせていた。庭にある各種の竜節花からも分かることだが、カラにとって次男ネフィラスはとりわけ可愛いのだ。それだけに悩みを打ち明け、兄弟喧嘩の許可を出すことにもつながっている。
「うん。カーグがお前の世界に悪さするのをずっと見てたけど、なんとかしないといけない。お前の顔を見て私は心が決まったよ。だけどね、ネフィラス。お兄ちゃんにここで勝てるのかい?」
「うーん、あまり自信がないですね。なので、俊也君と修羅君に助太刀としてついて来てもらってます。ですが、それでも自信がない」
「ええっ!? そこまでカーグは強いんですか? ネフィラス様?」
力と力を冷静に比較してのことだろうが、ネフィラスがあまりにもはっきりと戦いの不安を言うので、思わず俊也は驚き、身を乗り出して尋ねてしまった。
「ここは冥界なんだよ。タナストラスではない。そういうわけで、地の利はカーグにとても有利なんだ。元々の兄の力も、先日、北の大地で写し身と戦った私はよく分かっている。兄カーグは封印した時より、飛躍的に強くなっている」
「ということは、ネフィラス様よりも冥王カーグは……」
「間違いなく強いよ。だから、君たちに頑張ってもらわないといけない」
光と闇、それぞれにおける力の絶大な象徴とも言えるネフィラスとカーグ。2柱を測れる天秤などありえないが、その無いはずの天秤を釣り合わせる分銅が俊也と修羅が持つ、今の力なのである。