第二百六十八話 ありがたい母
カラとは、俊也にとってタナストラスにおける最も親しみ深い名の一部とも取れる。出会いから今まで、ずっと旅の苦楽を共にしてきた加羅藤姉妹の名字と非常に近いからだ。詳しい話をサキとセイラが『送遠の玉』越しに聞くと、やはり女神カラと彼女たちには何かしら繋がりがあるらしい。
「私に昔仕えてくれていた精霊の女性が、人間と恋に落ちたことがあってね。やがて子を宿し、産むことになった。その時に私は、精霊の彼女が困らないように色々な餞別を渡して人間界へ送り出したんだよ。そしてその夫婦は私にとても感謝してくれてね、名字を『加羅藤』と名乗るようになった。私のことを忘れないようにね」
「えっ? ということは、もしかして……」
「そうなんだよ。サキちゃんとセイラちゃんのご先祖様さ。あなた達の顔をこうやって見られて、私は嬉しいよ」
「私達のことをそんなに気にかけて頂いてたなんて……」
茶菓をテーブルでつまみながら談笑した中で、カラには命や大地を創り出しそれらを育むという、いわば創造主的な力があるということが聞けた。この世を創り出す絶対的な力を持つ女神が、自分たちを見守ってくれていた。その有り難すぎる事実に感動してサキとセイラは胸が詰まり、感謝を言葉で表せないほどだ。
「そうか、サキとセイラさんの非常に高い魔力は、ご先祖様譲りだったんだね。何か色んなことに納得がいったよ」
「うっすらと私はその話を母上から聞いていたはずなんだが、すっかり忘れてしまっていた。いかんなあ」
「本当にそうだよ。二千六百年も母の顔を見に来ない息子がどこにいるんだい? まあ、それは大目に見るとして……ネフィラス、お兄ちゃんと喧嘩するために冥界へ来たんだろう?」
カラの話に深く納得を感じた俊也、母であるカラに叱られバツが悪い顔をしているネフィラス、両者の心境はそれぞれ違っていたが、創生の女神が本題を切り出してくれたことで心が一つにまとまり、大きな目的に向き直すことができた。
タナストラスのこと、兄である冥王カーグのこと、また悠久の時を越え積もり積もった話をネフィラスは母カラと、冥界の日が沈んだ後も、夜遅くまで続ける。そして、女神が自ら料理してくれた温かい食事とヨミでの一宿を、俊也たちは小さいながら瀟洒なカラの家で頂いた。
死者の町の朝日は今日も優しく、また人々が眠りから起き始め、思い思いのやりたいことを少しずつ楽しんでいく一日が始まる。穏やかで爽やかな活気が漂う町の空気を感じ、俊也と修羅は目を覚ました。