第二百六十七話 創生の女神カラ
小ぢんまりとした平屋の家の前には、手頃な広さがある庭にサイズと色が様々な種類の竜節花が植えられ、冥界ではあるが、季節が途切れることなく花壇で移り変わりを楽しめるようになっていた。竜節花はネフィラスを象徴する花である。余程、彼に思い入れがある者が住んでいるのだろう。その者が誰であるかは、先程あった道中の会話を聞き、俊也と修羅、そして『送遠の玉』を覗き込んでいる、サキ、セイラ、ジェシカには、おおよその見当がついていた。
「ここに住んでいらっしゃるのが、ネフィラス様のお母様なのですか?」
「そうだよ。母上の名は、カラと言うんだ。父上は以前話したように身罷って久しいが、母上はここで静かに暮らしているんだよ」
「そうだったんですね。でも、なぜ冥界にお住まいなんです?」
セイラとサキが思ったままを尋ねている。ネフィラスは少し寂しそうな微笑を浮かべつつ、彼女たちの問いかけに一つ一つ答えた。
「まあなんというか、兄への私からの罪滅ぼし……いや、表現が悪いな。こう言おうか。二千六百年前にあった私達の兄弟喧嘩の後を心配した母上が、兄カーグを見守り続けているんだよ。タナストラスではなく、冥界のここに住んでね」
「そうなのですか。神々にも入り組んだ複雑な事情がお有りなのですね」
いつもの可愛らしく小首を傾げる癖を、ジェシカは『送遠の玉』越しに見せている。自分を信仰してくれている神竜の巫女から気遣いの言葉をかけられ、ネフィラスは何か面映ゆかった。
庭の中に入ると、家の傍に置かれているテーブルの椅子に座り、静かに竜節花を眺めている麗人がいる。姿だけを見れば加羅藤姉妹の母、マリアと同じくらいの年齢と思われるが、これがネフィラスの母、カラであるとすれば、気の遠くなるような歳月を過ごしているはずだ。
「母上、参りました。お久しぶりです」
「ああ……漸く来てくれたね。会いたかったよ、ネフィラス」
微塵も崩れていない美しさながら、カラは飾り気があまりない小ざっぱりとした緑色の上着とスカートを着ている。そしてこの女神は、冥界でずっと待ち続けた最愛の次男を抱きしめ慈しんだ。
「申し訳有りません……もっと早く来られればよかったのですが。母上、ご存知と思いますが友人も連れて参りました」
タナストラスの主神に友人と呼ばれ、俊也も修羅も少し狼狽し、目の前の神々に対し恐れ多かった。しかし、ネフィラスとカラは何もこだわることなく笑顔で手招きをし、こちらへ来るよう促している。神々の慈愛に例えようもない安心を感じた若き救世主たちは、女神カラの前へ進み出て、命が温められるような握手を交わした。