第二百六十六話 冥界の町ヨミ
冥界の町、すなわち死者の町である。しかしながら死が持つ陰惨さはヨミの町のどこにもなく、逆に広大でそこかしこに活気が満ちており、あるいは理想郷と言えるのではないかという印象すら、俊也と修羅はひと目見て持っていた。
「素敵な町ですね。でも町の皆さんは、ご存命の方々ではないのですよね?」
セイラも『送遠の玉』から見通して、俊也たちと同様な印象を持っている。死しているはずの者たちが、生き生きとやりたいことをしている。それがヨミの町人であるのだが、生者の世界を滅ぼそうとしている冥王カーグとこの町が、俊也たちにはどうしても相容れる形で結びつかない。
「そうだよ。この中には亡くなった時の姿で、数え切れないくらいの年月を過ごしている人たちもいる。みんなゆっくりとやりたいことをやって暮らす。それがヨミの町さ」
「なるほど。この町のことは分かったんですが、カーグは人に恨みを持ち、嫌いになったんですよね? なのに、ヨミの町人がこんなに幸せそうに暮らせているのはなぜですか?」
「カーグは死者を嫌っていない。生者に対するのと反対で優しいんだ。見てみるといい。ここで暮らす彼らの中に深くいがみ合っている者はいないはずだ」
陽光が柔らかく差し込む広いヨミの町を歩きながら見ていくと、確かに町人の間に大きな諍いはどこにもなく穏やかである。小さな言い合い程度なら見受けられることもあるが、それもすぐ取りなされて収まっている。
「あっ!? ネフィラス様だ! 久しぶりだね」
「ああ、君か。懐かしいなあ。変わらず楽しく暮らしているようだね」
「うん、毎日楽しいよ。見てよ! この花畑を千年かけて作ったんだよ! すごいでしょ!」
姿は子供だが、この町人はネフィラスを知っている。少なくとも何千年か、ヨミの町で暮らしているのだろう。そして、この子が作った深い青色の竜節花がどこまでも広がる花畑は、まさしく生者の世界ではありえないほど壮大な美しさを示していた。俊也と修羅は、見たことがないほどの花畑の美に、圧倒されている。
「これはすごいな。よくここまで竜節花をこしらえたものだね。ところで、母上は元気かな?」
「カラ様のことだね。元気だよ。この竜節花の花畑はカラ様のために作ったんだよ。ずっとネフィラス様に会いたがっているから、寂しさが紛れるようにね」
「そうかあ。私は親不孝な息子だな」
バツが悪そうに頭を掻くと、子供の姿をした町人に礼を言い、ネフィラスは歩をまた進め始めた。現実感がないやり取りに、暫し、俊也と修羅は呆気であったが、気を戻すと慌てて気さくな神の後をついて行く。