第二百六十四話 生死の間~冥府への回廊・下層
手は抜いていないと言ったが、やはり手加減をタナトスは、かなり考えてくれていたようだ。この死神が俊也と修羅に大鎌を全力で振るっていたら、限界を大きく越える力を得た彼らといえども、呆気なく粉微塵になっていたに違いない。
「いいでしょう。一太刀は一太刀です。あなた方に掛けた死の宣告は既に解けています」
「えっ!?」
「本当だ……鎌の紋章が消えている」
10分後、確実に来る死の淵から脱し、若き救世主たちは力を得た。ネフィラスに潜在能力を引き出された時を越え、神に近づいた強さを、自惚れではなく自分たち自身にそれぞれ感じている。これが自分の力かと疑いを持つほどだ。
「冷や冷やしたよ。でもこれで君たち二人掛かりなら、私にすら勝てるかもしれない」
「俺たちがネフィラス様に勝てる? 本気を出していないタナトス様の、薄皮斬るのがやっとだったのに?」
「タナトスは私より強いんだ。あるいは『生死の間』においては、兄カーグより強いかもしれない」
「つまり、この世界で最強の神がタナトス様ということですか?」
いつの間にか紫の大鎌を仕舞っていたタナトスは、後を引き取り、修羅の問いに答えた。
「そうではあるのですが、私はネフィラス様やカーグ様のように、世界を治めることができません。なので神の格としては、御二方の方がずっと上なのです。まあそれはそれとして、あなた達は『冥界への格子門』を通っていいですよ」
魔力を右掌から紫の光で異常な大きさを構える『冥界への格子門』へ下方から上方に向けて送ると、門は大きく音を立て、格子が左右に開いた。
「今のあなた達ならカーグ様と向き合う意義はあるでしょう。行きなさい」
「「ありがとうございます! タナトス様!」」
俊也と修羅の礼に応えることなく、タナトスは無言で『生死の間』における、悠久の門番の務めに戻ってゆく。
これよりは冥界へ続く回廊の下層部である。上層部と同様だだっ広く、煌々とした謎の明かりが無限とも思われるくらい深くどこまでも回廊沿いに続いている。
「俊也君。元気のいい彼女の声が、リュックから聞こえてるよ」
「? あっ、そうか!」
張り詰め続けていた緊張感ですっかり忘れていたが、俊也は『送遠の玉』を魔法のリュックから取り出してみた。その透明な真玉には、心配そうにこちらを見つめる赤髪の美少女の顔が映し出されている。
「あっ!? ご無事ですね……よかった。今、回復の魔力を送ります」
サキが送ってくれた優しい回復の光が、歩くことに倦みかけている三者を柔らかく包む。気力と体力が戻った彼らは、それを見て安堵の表情で明るく話しかけてくる、可愛らしい聖女の屈託なさにも随分救われていた。