第二百六十話 タナストラスの由来
「何のことはないんです。私とネフィラス様の名前をもじってタナストラスと、世界は呼ばれるようになりました。どうです? 短い話でしょ?」
どうやらこの死神は、勿体つけることをしないらしい。タナトスとネフィラスの名前を合わせ、文字の組み合わせが少し入れ替わり、タナストラスという世界の名前になったということだが、あまりにも話が短い。
「ええと……俺も話は短くまとまっていた方が好きです。でも、もうちょっとタナストラスの由来について聞いてもいいですか?」
「いいですよ。話そうと思えば長くもできますよ」
「いや、短くでいいんです。ネフィラス様は三千年前に生まれたと聞きました。その時あたりから、この世界はタナストラスと呼ばれるようになったんですか?」
「そうですね、我々の感覚からするとそうなります。しかし、あなたは人間ですから、百年という時間の単位が短いとは思わないでしょう。正確に話しましょう。タナストラスの名が付いたのは、ネフィラス様が誕生して約四百年後からです」
その区切りの年は、俊也と修羅には聞き覚えがあった。冥王カーグを冥府に封印した年と、ネフィラス本人が峻厳の孤城で話を以前してくれている。
「ふむ、ある程度は知っている顔ですね。まあ、ネフィラス様本人がいらっしゃいますし、そうでしょう。四百歳になったネフィラス様は、兄にあたるカーグ様を冥府に封印なさいました。その時から私はこの『生死の間』で、生者の世界タナストラスと冥界の境の番をしています。であるので」
言葉を切ると、おもむろにタナトスは後ろを振り返り、格子戸の大門を指差す。
「あの門をくぐればその先は冥界、すなわち死者の世界なのです。生者の世界を治めるネフィラス様、死者の世界の大門を管理する私、タナトス。2柱の神が世界の安定を二千六百年前から保つようになり、その名が合わさって、何時しか『タナストラス』という生者の世界の名になったのです」
「凄い話だ、壮大過ぎる」
殺風景も度が過ぎるほどの空間がどこまでも続く『生死の間』で、修羅は素直に大きく感動した。俊也も同様である。年若い多感な青少年が、彼らの世界においては経験しようがないことを、今まで積み重ねてきたが、死神タナトスとの邂逅と、タナストラスの由来が聞けたことが、その集大成に思えていた。
「いいですね、あなた達を気に入りました。ですが、あなた達がその力でカーグ様と対峙しても、特にネフィラス様の助けにはならないでしょう。あなた達はあの門を通るだけ無駄です」
二人の救世主を気に入ったと言いながら、タナトスの言葉は正鵠を射た厳しいものである。だがここで、白翼の死神は一つ、誘いのような提案をしてきた。