第二百五十八話 早く戻るよ
北限の大地での戦いが終わり数日が経った。人の世が残るか否かの大激戦に勝利した兵士達は、皆、心からの安堵を顔に浮かべ、セイクリッドランドに引き上げつつある。主にネロとの戦いで深手を俊也と修羅は負っていたが、ジェシカ、セイラ、サキ、恐らくこの世界で最上の癒やし手による回復魔法を受け、彼らの五体は既に問題なく動いていた。
戦士の休息は短い。俊也と修羅にはやらなければならない事が残っている。ネフィラスと共に冥府へ向かうのだ。そんな救世の使命を帯びた二人の戦士を慕う神竜の巫女と聖女たちが、抱擁とキスを求め彼らを送り出そうとしている。災厄の根源、冥王カーグが待つ冥界に行くと、しばらくは愛する救世主たちとも彼女らは会うことができない。
修羅はジェシカの求めに応じ、優しい口づけを交わし、柔らかい彼女の体をしっかりと抱きしめた。修羅が行ってしまう、その大きな不安で震えていたジェシカは、修羅の強い抱擁をその身に受け心が決まる。いつものように慎ましい笑顔で愛する人を送り出せそうだ。
俊也は二人の聖女の求めに応じなければいけない。優しいキスでセイラとサキに応え、彼女たちの体を強く抱きしめると、不思議と俊也の心の中にセイラとサキの心の一部が入り、刻まれたような気がした。彼女たちも同様な感覚を覚えたらしく、もう何が起こっても愛情の絆は切れないだろう。
「俊也さん。これを持っていってください。私も守護符を作れるようになったんですよ」
「これは凄い……持っているだけで癒やされるような」
「そうです。それを身体に付けていれば、傷を受けても時間が経つと回復していきます。姉の守護符と合わせて使ってください」
「ありがとう! よーし、これなら大丈夫だ! じゃあ行ってくるからな!」
これ以上ないくらいの明るい笑顔を俊也はサキたちに見せた。最愛の俊也を目に焼き付けたサキとセイラは、彼の笑顔とは反対に涙を流してしまう直前だったが、
「はい! 早く戻って来てくださいね!」
「ふふっ、戻られたらカラムでご馳走を作りますね!」
悲しみをぐっと堪え、野辺に咲く美しい春の花畑のようなとびきりの笑顔で、美人姉妹は俊也を送り出した。
深淵の冥界に続く道は暗黒に包まれているかと、俊也と修羅は思っていた。予想とは裏腹に、明るい。相当な広さがある回廊であり、左右均等に規則正しく煌々と照らす明かりが点いている。その明かりがどういう原理のどういう物かは分からないが、半永久的に消えるものではないのは確かそうだ。
「さて、ここからが長いよ。でも数日前の戦いに勝ったから、瘴気が残っていないのが分かるだろう?」
「そうですね。魔物の気配が全くありません」
「うん、そういうことだよ。あとは根気よく歩くのさ」
闇の軍の召喚に使われたのと『七色の聖輪』の抑制力で、瘴気は今、尽きている。どこまでも深く続く冥府への回廊を進み続ければ、いずれは冥王カーグの下へ辿り着くだろう。