第二百五十七話 送遠の玉
ネロはディーネにミルクを飲まさせてもらい、赤ちゃんには少し大きめのベッドですやすやと眠っている。
「俊也くんにはもうどうやっても借りは返せないわね。本当に弟とこういう形でやり直せるとは、全然思ってなかった」
「いや、俺はこれでやっとディーネさんから受けた恩を返せたかなと思っています。どっこいどっこいですよ」
「ふふっ、たくさん謙遜するのは俊也くんらしいわね。ちょっと待っててね。あんな物じゃ全くお返しにならないと思うけど……」
ちらっと最愛の弟ネロの無垢な寝顔を見て微笑んだ後、ディーネは店の別室へ何かを取りに行った。戻ってきた彼女の両手には、限界まで透き通った二つの真玉がある。
「これは……きれいな玉ですね」
「きれいなだけじゃないのよ。私がまだ魔法使いとして未熟だった頃、心配してくれた御師匠様が渡してくれた物なの。『送遠の玉』というのよ。片方の玉からもう一方の玉へ、どんなに遠く離れていても魔法の魔力をそのまま送ることができるの。玉同士を通してお互いの様子を見ながら会話もできるのよ」
「えっ!? とんでもなく便利な道具じゃないですか!? でも、非常に貴重な物なのでは?」
「世界に一組しかない物かもね。私が一人前になって御師匠様が亡くなった時に、もう片方の玉を譲り受けたんだけど、俊也くんに一組まるごとあげるわ」
何ソルの値がつくか、あるいは値がつけられないほど貴重な物とも思われるが、ディーネは惜しげもなくとっておきの宝を俊也に差し出している。彼が冥府に向かわなければならないことは、既にディーネへ話していた。この『送遠の玉』を役に立てろということだろう。
「直接じゃないんですけど、ディーネさんには助けてもらってばかりですね。ありがとうございます。思い切り『送遠の玉』を役立たせます」
「何言ってんのよ。言ったでしょ? もう私にはどうやっても俊也くんに借りを返せないって。でも、しっかり使ってね」
「はい!」
その時、ちょうどネロが目を覚ました。この子はグズることが少なくあまり泣かない。ネロの純真な眼の先には、花瓶に生けられた春の芳しい花があり、赤子の彼は今まで見たことがなかったその花に、新鮮な興味を感じていた。
魔剣士だった時のネロはどうやら冥界からタナストラスへ、瘴気が吹き出し続けていた北限の大地にある大穴から来たらしい。そしてタナストラスの主神ネフィラスと救世主である俊也と修羅は、そこを通って冥界に向かうことになる。ラグナロクはまだ終わりではない。