第二百五十四話 神竜と冥竜
天空に禍々しく浮かぶ『漆黒の玉』は、闇の軍を統率していたネロが転生した後も、消滅することなく存在している。そして、その大魔の結晶とも言える玉は、大翼を持つ暗黒の竜へと変化しつつあった。冥竜カーグの写し身が顕在化するまで、もう時間の問題である。
展開している光の軍は、その様子を見守るより他はない。大魔の冥竜に対抗し得るのは俊也と修羅でも難しいだろう。冥竜と神竜、2つの相反する巨大な力がぶつかり合い、どちらかが残ることになる。伝説にある太古の戦いが、再び北限の大地で繰り広げられるのだ。ただ、太古より現在の今の方が、ネフィラスにとって状勢的に有利な点が多くある。
(…………)
サキとセイラ、それにジェシカ、神竜の聖女と巫女を中心とした、聖なる魔力による切なる祈りはまだ続けられている。セイントライトフィールドの結界は戦場を広く覆い続けていた。異常な強さを持つ魔剣士ネロに、俊也と修羅がかろうじて勝てたのも、彼女たちの敬虔な祈りの効果によるところが相当部分あったと言えよう。それは強大すぎる闇の力を持つ、冥竜カーグにおいても同様だ。聖なる力場により、暗黒の竜の力は幾らかは減衰するはずだ。
「俊也! 見ろ!」
「あれが冥竜カーグか……」
魔物の軍が消滅し、幾ばくも時は経っていないが、暗黒の闇、その力の象徴といえる冥竜が『漆黒の玉』から顕在化した! その黒翼を広げた大魔は、恐怖を感じながら様子を見ていた光の軍勢の皆に、神々しさを覚えさせている。不思議なことだがタナストラスの救世主である、俊也と修羅すらそう感じるのだ。
「よーし、いいだろう。こっちも行こうか」
兄カーグの写し身、黒翼の冥竜を、ネフィラスは懐かしさから来る笑みを浮かべながら見ていた。太古の兄弟喧嘩を思い出していたのだろう。そして純白の翼を広げた神竜は、再び冥竜と向き合う。人智をとうに超えた神と神の対峙は、世を外れた恐ろしさと美しさを兼ね備えた光景であった。
(久しぶりだな、ネフィラス。こうして言葉を交わすのは二千六百年ぶりか)
(そうだね。会いたかったよ、兄さん。けど、またここに出てこられると困るな)
竜神化したネフィラスとカーグは、心の内を通して会話をしている。太古に封印され、憎んでいるとはいえ、気が遠くなる年月を経て会う弟だ。カーグにも相応の感慨があり、兄を憎んでいないネフィラスにおいては万感の懐かしみだった。
(さて、会ったばかりで悪いが、私はお前の力が無くなるまで叩かなければならない。お前が困るとは思ったが、そのために出てきた)
(そうかい。残念だよ、兄さん。それなら、私は叩き返そう!)
光と闇、2つの力の権化は、世界中を震わせる咆哮を上げると、空間が歪む、圧倒的な突進によるぶちかましを皮切りに、大山をも砕く竜の腕で殴り合う! 神竜と冥竜、神話の兄弟喧嘩が、今、再び始まった!