第二百四十四話 神竜の剣
カラムの町における魔剣士ネロ襲撃事件後、俊也と修羅は、心と体に傷を負ったディーネの見舞いをよくしていた。その時、こんな話もしている。
「もし……また弟があなた達と戦うことになれば、迷わず弟を……ネロを斬ってちょうだい」
「いいんですか? 迷いを持って斬れる相手ではないから、そうするしかありませんが」
悲壮な決意である。愛していた弟の命を奪いたいと思う姉など、世界に居ようはずはない。だが、ディーネにとって最愛の弟ネロは、魔性と化してしまった。命を絶たねば俊也たちのみならず、人々にどんな危害を加えることになるか想像もできない。
「そうよ。そうするしかないの。ネロを斬れるのは、あなた達しかいない。人の心からこれ以上外れていく前に、弟を斬って」
どこまでも悲しい目であったが、ディーネの決意は揺るぎない。しばらくその目に見つめられた後、俊也と修羅は同時にゆっくりと彼女の望まない願いにうなずき返した。
「人の子に転生の玉をお譲りすることはありえません。ですが、俊也さんのことはずっと見守っていました。特別ですよ」
「ありがとうございます。本当に感謝します」
どこまでも優しい微笑みと共に、ソフィアは転生の玉を一つ、俊也に手渡す。その玉に入るべき悲しい剣士の魂を彼は思いつつ、神妙に右手で受け取った。
「よし、これでいいだろう。準備は整った。ソフィア、行ってくるよ」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ。お帰りは、いつ頃になりますか?」
「そうだなあ。次の竜節祭には戻ってきたいな。皆の喜ぶ顔でハッピーエンド、最高だよね」
三千年も生きているのに子供っぽさが残る夫を見て、ソフィアはおかしそうに笑っている。そういう彼女も、まだ17、8歳の美しい娘にしか見えない。ソフィアの神々しい威厳のため、俊也たちはそのことに気づかなかった。
白亜の孤城の門から外に出ようとすると、老執事が形容できないとてつもない力を持つ剣を両手で持ち、主のネフィラスを待っている。白い神竜の装飾が柄と鞘に施された大剣だ。その状態の存在で、剣は俊也たちの心の芯を包み込むように神聖な力を示していた。
「また、この剣を使うことになるとはなあ。しょうがないか」
「使いませぬと、坊ちゃまが赤ちゃんに戻ってしまいますよ。まあそうなりますれば、また育て甲斐がありますが」
「ソフィアと同じことを言わないでくれよ。じゃあ行ってくる。爺、留守を任せたよ」
恭しく一礼をし、老執事は主ネフィラスに対する答えに代える。その様子を見て、ネフィラスは自身にしか使えない神の剣を背に負った。
「では皆、これからよろしく頼むよ。私も君たちの旅の仲間だ」
タナストラスの主神という最強の仲間が一行に加わった。神の出立を見送るように、無数に咲く竜節花は、冬の寒風に戦いでいる。