第二百四十話 それが正常だよ
「三千年前の私が生まれた時代。人々の心に乱れが生じ始めていた。今の人々のようにね。その当時、我が兄カーグは、父からタナストラスの守護の役目を譲り受け、千年の時が経っていたが、世界の乱れにとても思いつめていたものだよ」
ネフィラスが話している太古の真実は、伝承に残っていない部分が非常に多い。いったいどういうことなのか? 俊也たちは沈んだ表情の神の言葉を、一言も漏らさず聞こうとしていた。
「私が百歳になった頃の事だ。竜神としてまだ幼かった私は、その節目の齢を重ねた時、タナストラスの人々の瘴気を払う、非常に強い力に目覚めた。だが世界全ての瘴気を払い、人々の心の乱れを治めるには、それでも力が足りなかった」
「もしかしてその力を補ったのが……」
「そうだよ。兄嫁がメタモルフォーゼした、この『白の聖輪』さ。私の覚醒した力との相乗効果で、タナストラスの不穏は完全に無くなったんだ」
神話の伝承で語られていない真実をネフィラス自身から聞き、俊也たちは、神による壮大な救世の経緯にとても驚いている。しかしここまで話を聞き、合点がいかないところも彼らには多々生じていた。
「それでタナストラスが救われたなら、カーグをなぜ封印したのですか? 世界が平和になったのに」
「そうだなあ、少し意地悪になるがこう言ってみようか。セイラさん。君は俊也君が好きだよね?」
「はい。異性として大好きです」
俊也に大きな好意を寄せていることを、隠す気も、隠す意味もないと、セイラの心の中でとっくの昔に結論は出ている。はっきりした返答を聞いて、ネフィラスは「そうだろう」というように、ゆっくりと頷いた。サキにしても出している心の結論はセイラと同じだが、先んじて姉に強い決意でそう宣言されると、俊也を想っているばかりに動揺してしまう。
「うん、それでだ。俊也君がもし、人の世界を救うために聖輪にメタモルフォーゼし、妹のサキさんの、ほとんど体の一部になったとしたら、セイラさんはどうする?」
「えっ……それは、仕方がないことと……諦められないですね。自分の感情を抑えられず、人の世界とサキを憎むことになるかもしれません」
「姉さん……でも、そうね。私も、もし同じように俊也さんを失ったとしたら、姉さんと世界を憎んでしまうわ」
「そうだろう、正常だよ。そして、神も同じことを考える。兄カーグは、最愛の人が『白の聖輪』に変化したことで、永遠に失ってしまった。カーグの最愛の妻を、こうして預かることになった私は憎まれた。人の世界であるタナストラスも、兄は大いに憎むようになっていった」
辛い話を続けているネフィラスは、まるで自らの救世の行いを懺悔しているようにも見えた。