第二百三十八話 遠慮は駄目だよ
白亜の孤城の周囲には、峻厳な岩山しか存在しない。それなのに、広く耐蝕性が高い石造りの食卓に並べられた、牛肉のステーキや新鮮な野菜のスープなど、食材をどうやって手に入れ、調理したのだろう。
「坊ちゃまが長引かせるものですから、スープが冷めてしまうところでしたよ。さあ皆さん、ご遠慮無くお座り下さい」
ネフィラスのことを老執事は「坊ちゃま」と呼んでいるらしい。どうも彼らの関係は、主従をとうの昔に越えたところにありそうだ。かくしゃくとした好々爺に促されるまま、俊也たちは座ろうとした。ただ、ここは神の城である。ほとんど神話の伝説と考えられていたネフィラスが目の前にいるのだ。人間である彼ら、特にタナストラスでずっと生きてきたサキ、セイラ、ジェシカ、それに白鷹団のバルトでさえも、主神への畏怖を感じ、食卓に着くことがためらわれた。
「本当に遠慮してたら駄目だよ。君たちはお客さんなんだから。爺、私も軽く食べるよ。俊也君たちが食べにくいだろうからね」
「かしこまりました。サンドウィッチなどお持ちしましょう」
ネフィラス自ら席を勧めてくれたので、まだ遠慮がちだか、ようやく俊也たち一行は食卓に着いた。紅顔の青少年の姿をしたタナストラスの主神には、聞きたいことが山程ある。もてなしのご馳走に舌鼓を打ちながら、会話を進めることになるだろう。
神竜の試練で激戦をくぐり抜けた俊也たちは、皆、空きっ腹だった。食卓を囲み、良い匂いがする御馳走に手をつけ始めると、彼らの食は今までの遠慮もなくどんどん進んでいく。サンドウィッチを軽くつまみながら、ネフィラスは、
(久しぶりに賑やかで楽しい食事だな。みんないい顔で美味しそうに食べている)
と、この世界の神らしく、おおらかな目で俊也たちのよく進む食を見守っていた。ネフィラス自身も大勢での会食ができて、とても嬉しそうなのが様子から窺える。
ナイフやフォークで食事を進めながら、俊也たちはネフィラスに色々な質問をした。神であるネフィラスは、太古から生きているはずだが、どう見ても青少年の姿をしている。本人からの答えによると、竜神というものは数万年を優に生きるらしく、ネフィラスの年齢はせいぜい三千歳くらいだという。竜神としてはまだまだ若年で、普段、人の青少年と同様な姿をしているそうだ。
神竜としての本来の姿で常時存在すると、膨大なエネルギーが必要となり、ネフィラス自身の負担が大きい。また、竜の形で存在しても、人の形で存在していても、ネフィラスの力自体は変わらない。変わるのは力の特徴だけだと本人は言っている。多少、つかみにくい回答だが、この気さくな親しみやすい神を理解していけば、俊也たちにはその意味がよく分かってくるはずだ。