第二百二十七話 無事に戻りなさい
カラムの町は雪の日と晴れの日を幾日か繰り返している。寒中のカラムで修羅を待つ間、俊也は勘を鈍らせないため、町の鍛錬場で寒稽古を行っていた。そう余念なく自身を高めているうちに、修羅をヤギュウの村へ送ってから半月が経ち、俊也は大きく成長したであろうライバルでもある親友を、転移の魔法陣を使用して迎えに行っている。また、ジェシカも修羅の身の回りのことをしようと思い、ヤギュウにおいて彼と一緒にいる。勿論、連れて帰らなければいけない。
「これでようやくどっこいどっこいかな。大変だったよ」
「はははっ! 剣気が前と全然違うな。俺が負けてるかもしれないよ」
若く頼もしい俊也と修羅、剣士二人が半月ぶりの再会を果たしているのは、ヤギュウの村の宿屋である。彼らの師であるノブツナは敢えて俊也と会わず、修行を終えた修羅をこの場に送り出したようだ。この場に剣師である剣神ノブツナはいないが、
「修羅。器用さなら、お主は俊也より上じゃ。その剣の性質をこれからも伸ばしていくがよい」
と、修羅の剣を評し、彼に目録を与えている。修羅は日本にいる時も他者から俊也と比較され、そう評されることが多かった。そして、ノブツナにも的確に自身の剣の特長を褒められている。それが修羅にはとても嬉しく、瞬風を操るような連撃を得意とする彼特有の剣に、大きな自信が持てるようになった。
一つ俊也は気がかりなことを思い出している。ジェシカが生身でセイントライトフィールドの魔法を使った時、膨大な魔力を消費したため、数日ほとんど昏睡してしまったことだ。それが引っかかっていたので、彼は転移の魔法陣で辺境の村テレミラに向かい、魔導師ミハエルから赤水晶のワンドを一本もらって帰った。俊也はきちんとした金額を払いワンドを買うつもりでいたのだが、
「まあ持っていきなさい。役に立てばそれでいい」
と、ミハエルがどうしても代金を受け取ろうとしなかったので、有り難く頂く形になったようだ。
ともかく、俊也たちの準備はこれで整ったことになる。後はバルトの海賊船を待てば、いよいよ黒海へ向けて出航できる。彼らにネフィラスの導きがあるのか、修羅とジェシカを迎えに行った翌日、トラネスに白鷹団の船が回航されたという報せがカラムに届いた。非常に順調といえる。
黒海への危険な航海に旅立つ前、ソウジが俊也と修羅に、こう言葉をかけた。
「無事に戻りなさい。娘たちを頼んだよ」
これ以上ないくらい短い言葉であるが、ソウジの彼らへの信頼と優しさが、充分以上に伝わってくる。若き救世主二人はソウジの思いを胸に刻み、サキとセイラ、それにジェシカを連れて、トラネスから未知の黒海へ向けて航路をとった。