第二百二十四話 大切にいたします
真冬の異世界は俊也と修羅にとって新鮮なものだ。日本の真冬は地域によっては大雪になる所があるが、彼らが今いる処は、その雪深い日本の高地に近いだろう。異世界と日本の厳冬が混じり合ったような感覚を、俊也と修羅はヤギュウの村において感じていた。
「ノブツナ先生が剣神山を下りられていてよかった。真冬にあの山を登らないといけないかなと、少し悩んでいました」
「わしでも流石に冬は山から下りるわい。春まではムネヨシの館で毎年厄介になっておる。勿論サクラにもな」
「私は冬になるとホッとするんですよ。ノブツナ先生が館を守ってくださるので」
「確かにそうだろうね。先生なら一人でヤギュウの村全体も守れそうだ」
剣神ノブツナに修羅の稽古をつけてもらうため、俊也は彼と共に転移の魔法陣でこの村まで来ている。話の通りノブツナは山から下りており、村長ムネヨシの館の食客として冬を過ごしていた。これは修羅にとっては渡りに船と言える。ムネヨシの館の広い敷地を利用して、充分な稽古をつけてもらえるだろう。
「ノブツナ先生、改めてお願いします。この千葉修羅にしばらく稽古をつけて下さい」
「分かっておる。修羅、お主は俊也と同じで素直な剣じゃが、俊也よりだいぶ丁寧なやつじゃな。良いじゃろう。半月程、稽古をつけてやろう」
「ありがとうございます! 懸命にやります!」
「ノブツナ先生が受けてくれてよかった。では、俺はカラムに戻ります」
用がすんなりと済んだので、俊也はヤギュウを去ろうとしたが、あてを外された思いでいるのはサクラであり、非常にそっけない彼の態度にふくれっ面だ。
「俊也さん、それだけですか? せっかく会えたのに? ヤギュウに来たのに?」
「あ……え……うん……。ごめんよサクラさん。ヤギュウでゆっくりしたい気もあるけど、今はカラムの町が気になるんだ」
「それは分かっていますけど……」
異世界に来て色んな美少女と俊也は会ってきた。にもかかわらず、年頃の女性にどう対応したらいいか、不器用な彼はまだまだ分かっていない。分からないながらも、何かサクラに応えないといけないと俊也は考え、あることを思いついた。
「そうだなあ。サクラさん、これを受け取ってくれませんか?」
「これは……お召し物の切れ端ですか?」
「そうそう。すぐ帰っちゃう代わりと思ってね」
また俊也の無意識に罪な性格から、意味が深すぎる物をサクラに渡してしまった。サクラは機嫌が直った代わりに、今度は俊也が日本から持ってきたジャージの切れ端を、心から大事そうに小物入れへ収めている。
(俊也……お前、それは一番ややこしくなるぞ)
サクラの表情から、乙女心の変化をすぐに修羅は悟れた。それだけに、彼は俊也の無意識な思いつきに慌てている。