第二百二十一話 純白の雪
魔剣士ネロは尋常でない速さで身を引き、斬られた右肩から流れる血を冷静に見ている。俊也は総毛立ち、ブチギレたままだが、ネロが体勢を整え直したのには気づいており、無言でその様子を窺った。
「殺すつもりだったが、遊びすぎたな。まあいい」
ネロは漆黒の指輪を嵌めている右手を傷ついた肩に当てると、その深手は指輪から発せられる黒い靄により、たちどころに治っていく。ただ、指輪の黒い輝きは傷を治したことにより、目に見えて鈍くなった。
「このくらいの所か。次までに腕を磨いておけ」
凄みのある響く声でそう言葉を残すと、魔剣士ネロは漆黒の指輪の力により、黒い靄と共に、その場から消えた。モンスターとネロが消えた平原には静けさだけが残り、いつの間にか広がっていた空の雪雲から、しんしんと粉雪が降り出している。
漆黒の光弾を受けたディーネは、ネロが去った後、一日経って教会のベッドで目を覚ました。急所を貫かれ絶命したと、その場を見ていた俊也と修羅は思っていたが、微妙にそれは外れていたらしい。それでも昏倒していたのは、黒い光弾の副次的効果によるものと考えられる。
「サキちゃん、セイラちゃん、ありがとう……」
「目が覚めてよかった……。いいんですよ、早く良くなって下さい」
急所が外れていたとはいえ、重傷なことには変わりなく、サキとセイラがキュアヒールで懸命に治療をしたから、ディーネは早く回復したのだ。加羅藤姉妹は赤水晶のワンドを用いてセイントライトフィールドの魔法を唱えたため疲労が少なく、戦いの後の負傷者の治療に回れている。ジェシカは何のアイテムも用いず生身で膨大な魔力を消費したので他者の治療どころではなく、教会の別室で深い休息を取っている最中だ。
「ディーネさん、あの魔剣士をネロと呼んでましたが、知っているんですか?」
「私の弟よ」
ほんの一言だけの言葉だったが、俊也たちはそれに驚愕せざるを得なかった。大きな憂いを帯びた目で、ディーネはゆっくりと語り始める。
ディーネとネロは、カラムより遥か西にある町で暮らしていた。その町は悲運なことに、周囲の勢力が起こした戦乱に巻き込まれ、ディーネとネロはそれにより両親を失ったそうだ。彼女は幼いネロを食べさせるためその後必死に生きたが、戦乱はまだ収まらず、ある日、戦いから逃げ惑う中でネロの手を放してしまい、生き別れになってしまった。
「ネロとはぐれた後、私はある大魔術師に拾われたの。魔術師としての修行を積んで弟を探しているうちに、カラムで暮らすようになったのよ。でも……」
そこで言葉を切り、ディーネは、
「こんな形で弟と会うなんて……」
悲痛な心を隠せず、悲しい目でそう沈んでいる。
皆がディーネを見守っているが、ふと俊也は窓から景色を見てみると、雪がいつしか降り積もっていた。それは純白で、今日の戦いの跡を消し去るようにカラム一面を覆っている。