第二十二話 刀に飲まれないように
アカオオジシから浴びた返り血を拭いた俊也は、やはり血で汚れている刀も用意していた懐紙で拭っている。綺麗に拭き取った刀身を見てみると、あれだけ斬撃に使ったはずなのに刃こぼれは全く無く、傷みはどこにも見当たらなかった。
(ディーネさんが魔力を加えて作ったからか、普通の刀ではないんだな……自分の一部のように振れた……)
俊也は自分の刀をじっと見て、しばらく沈思している。刀でモンスターを斬ったという体験の余波と、尋常とは思えないその斬れ味と軽さを同時に経験したことにより、彼の心身は興奮し静まっていない。俊也はその場でゆっくり深く呼吸を整え、
(すごい刀だが、これに飲まれてはいけないな。気をつけよう)
そう心を鎮め直し思考をまとめた。そして刀を鞘に戻し、テッサイと他の傭兵4人が集まっている所へ歩いている。
「うーん、俺が測った通り……いや、遥かにそれ以上だったな。お前さんすごいやつだな」
5人の輪の中に入ってきた俊也を皆、仕事前とは違う敬意を伴った目で迎え入れている。その中でも彼と組んでモンスターを斬っていたテッサイは、敬意以外に大きな親しみを俊也に持ったようだ。
「いや、俺じゃなくてこの刀がすごいんですよ。それはともかく……このモンスターの死骸はこのまま置いておいていいんですか?」
討伐している最中に何匹か逃げたモンスターもいるが、転がっている死骸は3、40体はある。サキが2匹のラダから尻尾だけを切りとったように、そうするのかと俊也は考えていたが、
「俺達がギルドに帰って仕事が終わった報告をした後、ギルドからまたここにモンスターの死骸の確認と後片付けをやりに、いくらか人数が来るはずだ。だから、死骸はこのまま放っておいて帰っていい」
討伐後の確認までが仕事のセットであるようだ。テッサイの説明を聞いて彼は納得できた。
「このアカオオジシは旨くてな。いい肉になるんだ。これだけの頭数を狩ったから、町で捌かれて市場に結構な量の肉が出回るだろう。お前さんも食ったことあるか?」
あごひげを深く生やした強面に、いい笑顔を浮かべながらテッサイは俊也に話している。日本の実家で食べたことがある牡丹鍋のことを俊也は思い出しながら、
「はい。ふふっ、シシの肉は美味しいですよね」
彼も仕事を終えた男のいい笑顔で軽く返した。
討伐が終わった後のモンスターの群生地は瘴気が薄れ、しばらくの期間はここでモンスターがどんどん増えていくということはないだろう。カラムの町から北西の森では、一定の期間の安全が得られたことになる。