第二百十五話 カラムの町が!
別れの時もしっかりした娘である。サクラは涙をこぼしそうになるのを堪えると、努めて笑顔に変え、
「旅のご武運をお祈りします。またヤギュウに来られた時には、ここにお立ち寄り下さい。きっとですよ」
そう明るい調子で挨拶をした。俊也はその気丈さに答える形で、
「はい。きっと」
と、とても短く返している。
ムネヨシの邸宅を出た俊也はザイールとも別れの挨拶を済ませ、転移の魔法陣を用い、サキとセイラが待つセイクリッドランドに戻っていった。彼がヤギュウを去る時、丁度、寒空に粉雪が舞い始めている。冬の到来であった。
セイクリッドランドの町外れに俊也は瞬間転移した。しかし、どうも周りの人々の様子が慌ただしい。町外れにもかかわらず、人と荷の往来が激しいのだ。このような忙しい聖都の姿を、彼はまだ見たことがなかった。
何が起こっているのか俊也は周囲の人に聞こうと考えた。だがまず早く、サキとセイラを迎えに行かなくてはいけないと思い直し、彼はネフィラス神殿へ走って急ぐ。城下町の中心部まで来ると、往来の激しさが非常なものになるだけではなく、物々しく編成された聖都の兵が出陣している様子も見られた。
「兵隊が!? 何が起こっているんだ?」
俊也には見当がつかない。一つ言えるのは、ただ事ではないということだ。大聖堂と神殿に行けば事情は必ず分かる。とにかく彼は足を急がせた。
「俊也さん!? 戻ってきてくれたんですね! カラムが……カラムの町が大変なんです!」
ネフィラス神殿に入ると、俊也の帰りを今か今かと待っていたようで、サキがまくしたて気味に事情を言わんとしている。だが、彼女は若干パニックになっていて、情緒もやや不安定に見える。
「伝書鳥でカラムからセイクリッドランドに連絡がありました。カラムの町の近くに突然モンスターの大群が現れ、町が襲われています。聖都の兵が船で救援に向かおうとしています」
セイラも心中かき乱されているはずだが、加羅藤家の長女らしく、冷静さを保ちながら状況を俊也に説明した。完全に今を理解した俊也の決断は早い。
「カラムに戻ろう!」
そう呼びかけサキとセイラがうなずくのを見ると、俊也はすぐ、転移の魔法陣に念じ始めた。そして三人はネフィラス神殿から窮状のカラムの町へ瞬間移動する。
モンスターの襲撃を受けたという連絡であったらしいが、俊也たちが見る限り、カラムの町内にはまだ怪物たちが入ってきた様子がない。だが、人の往来で賑やかないつもの中心街は閑散としており、忙しくその道を使うのは負傷した傭兵を運ぶ馬車や荷車、また、防戦に向かうその兵だけであった。