第二百十四話 惜別と黒尽くめの男
その名の通り飛炎鳥は、成長し大人の鳥になると口から炎を吐くようになる。その炎で枯れた木々などを焼いて餌探しをするのだが、不思議なことに狙いをつけた物しか炎で焼かれず、他に燃え移ることがなかった。この鳥特有の魔力が炎に込められているとも言い伝えがある。そして、飛炎鳥が焼く木々は決まっていた。山の森の生育不良の一因となる、木の密集を間引く形で極彩色の大鳥は今までそれらを焼いている。故に、森を守る鳥と古くから言い伝えられていた。
ともかく、ノブツナが課した試練に合格した俊也は、簡素だが確かな剣術の目録一巻を受け取っている。師であり剣神であるノブツナにここまで認めてもらえた。そのことが俊也には、格段に強くなれたことより嬉しい。
「既に寒くなっておる。一晩ここで眠った後、サクラを連れて気をつけて下山せよ」
「はい! ありがとうございました!」
気持ちがいい返事をする俊也に、ノブツナは笑顔でうなずく。そして、しばらくの別れになるであろう師弟は、惜別の前の晩餉を共にするのであった。
その頃、西の大陸、カラムの町の北に、仮面を被った黒尽くめの男が忽然と現れている。その男はしばらく無言で歩いていたが、
「……ここでいいだろう」
と、初めて口を開き、十分な広さがある平原に立ち止まると、右手の指につけた漆黒の宝玉を持つ指輪に念じ、何十体ものモンスターを次々と大地から湧き上がらせた。ラダ、スケルトン、スライムなど、現れたそれは多種である。
最終的に、百を越えるモンスターの群れが、黒尽くめの男を中心として囲んでいる。男はモンスターを呼び終わると一息つき、また静かに立ち止まっていたが、足元に一匹の野兎が突然の異変に震え、動けなくなっているのに気づいた。
震えて足にすがる野兎を少しの間、男はじっと見ている。そして、彼は両手に野兎を抱えると、
「向こうに行きな」
近くの林の近くまで歩き、意外な優しい声で放す。野兎は林に逃げていったが、途中で男に礼を示したつもりなのか一度振り返り、また跳んで林深くまで帰っていった。
翌日、俊也は剣師ノブツナとの別れを惜しみつつ、サクラを連れて剣神山を下山している。登った時より季節が進み、冬がかなり近づいている。寒中の下山であったが天候は良く、特に何事もなく山を下りることができた。
「ムネヨシさん、サクラさん、大変お世話になりました。ノブツナ先生に心身を強く鍛えてもらえました。とても感謝しています」
「うむ。以前とは見違えるようですぞ、俊也さん。剣気が本当の強さを持ち始めておる」
「そうですね、俊也さんは強くなりました。ですが、セイクリッドランドへ戻られるのですね。とても寂しくなります……」
俊也自体、女性を泣かせるつもりはない。だが、彼の無意識に罪な人柄が、また美少女の涙を浮かばせかけていた。