第二百十話 稽古仕上げ
前から地に突っ伏した俊也は、ここまでの稽古で体が疲労しきっているのもあり、しばらくそのまま動けなかった。折しも山の雨が強くなってきており、彼の背に晩秋近い冷たい雨粒が無数に落ちている。
「ここまでにするか。ほれ、起きてみい。家に帰るぞ」
「ありがとうございます……」
師が差し出した右手をしっかり握り、俊也は疲れ切った体をゆっくりと起こした。ノブツナの家である洞穴は、ここからほど近い。しかし今の俊也には、そこまでの道のりすら遠く感じ、重い足を引きずるようにして戻っている。
俊也はどうにかノブツナの洞穴まで戻って来れた。高山瓜の保存が利くように下ごしらえを一人していたサクラは、疲労困憊の俊也を見て驚き、瓜は放っておいて、彼の介抱を始めている。俊也は今回の修行で、どれだけサクラに助けられているだろうか。彼女の両掌から発せられる優しいアースヒールの回復光により、俊也は生きた心地を取り戻し、いくらかまともに動けるまで体力が戻った。
「見ておると、お主らは夫婦のようじゃのう」
一連の介抱を見ていたノブツナは、少しからかうように笑いながらそう声をかける。若い二人は、たちまち顔を真っ赤にした。そうした中において、サクラの方は満更でもないようだが、俊也は、サキ、セイラ、ユリといった、好意を寄せてくれている美少女の顔が浮かんできてしまい、真っ赤ながらも複雑な心中である。
ノブツナの手ほどきを受け、体力が尽きると洞穴に帰り一晩休養して、また手ほどきを受ける。それを俊也は3日繰り返した。その短い修行の中でも彼の成長は目覚ましく、『胆力の集』を自分の確かなものに研鑽していき、紙が水を吸うようにノブツナの教えをものにしていっている。
そして手ほどきの3日目。俊也の竹剣による会心の打ち込みが、ついに不動のノブツナをわずかに動かした!
(ほう……最初はどうかと思ったが、ここまで来るとはな)
ノブツナはしっかりと打ち込みを受けつつ、俊也の成長の早さに初めて驚きを示している。短期間でこの段階まで彼が到達するとは、この剣神にも予想外だったらしい。
「よし、いいじゃろう。手ほどきはここまでじゃ」
「えっ……終わりなのですか?」
剣師ノブツナとの稽古で自分が伸びていくのが、楽しくてしょうがない俊也だっただけに、その終わりを宣言され、明らかに物足りなさを感じていた。いくらかの不安すら覚えている。ノブツナはどんぐり眼で愛弟子のそうした可愛らしさをしばらく見守った。そして、諭すようにこう言葉をかける。