第二百九話 ノブツナの手ほどき・その3
「掴めてきたか。では、打ってこい」
「はい!」
俊也は『胆力の集』の極意が分かり始めてはいる。だがノブツナに寸分の隙も無く、その大山の如き姿は変わりない。強さがついたとはいえ、山に剣を打ち込むイメージしか彼は持てていないが、ともかく意を決し、待ち構えるともなく待っている師に打ちかかった!
「ふむ、だいぶマシになったの」
微動だに慌てることもなく、ノブツナは極めて自然な動作でまた俊也の打ち込みを弾き返す。『胆力の集』が使いこなせてきた分、俊也に返ってくる力は大きかったが、今度は地に落ちるにしてもしっかり受け身を取れていた。ノブツナも「マシになった」と評価している通り、先程よりは稽古の形になっている。
「今日は天気が悪い。雨が降り出すぞ。足場が良いうちにどんどんかかってくるがよい」
「はい! ありがとうございます!」
俊也は自分を大きく伸ばしてもらっている実感があり、ノブツナとの稽古が楽しくてしょうがなかった。タナストラスを救うために人を大きく越える強さを身につける必要があるのだが、彼の本願はこの世界の救済ではなく、元々、強さを追い求めることなのかもしれない。既に剣の修羅と言えよう。
掛かっては弾き返され掛かっては弾き返されを、俊也は昼まで繰り返していた。同じことを周回しているだけには見える。だが、俊也の『胆力の集』は次第にコントロールできてきており、竹剣の打ち込みも筋が定まり始めていた。
(こやつの太刀筋は素直でよい)
手ほどきをしているノブツナは、掛かってくるほどに力の使い方が良くなっている善い弟子の剣を、そう認めた。剣そのものに、俊也の人間性が現れており、気合声以外黙々と、そして楽しげに稽古を続ける弟子の姿が、この剣神には微笑ましく感じられる。
ノブツナが言った通り、ポツリポツリと曇天から雨粒が落ち始め、いくらか強い雨に変わった。
「次で今日は終いじゃ。全力で掛かってみよ」
「はい! おおおぉぉおお!」
疲労が激しいながら、俊也は肚からの気合声と共に全身に魔法力を行き渡らせる。今日の稽古で掴めてきた『胆力の集』の極意を用い、彼は大山のように待ち動かぬ師に、渾身の打ち込みを今一度放った!
「…………」
無言でそれを造作もなく竹剣で受け切ったノブツナは、俊也の力をいなすように磨り上げ、軽く背を打った。ほんの軽くである。しかし、体の芯を打たれたのか、それだけで俊也のバランスは大きく崩れ、受け身も取れず前のめりに地へ体を落としている。