第二百七話 ノブツナの手ほどき・その1
俊也の疲労は、しっかり眠ったことで大方回復している。その日の朝の目覚めは清々しいものであったが、洞穴から外を見てみると天気は生憎の曇りだ。かなり雲が厚く、昼には雨が降り始めるかもしれない。
「では先にこれを渡しておくぞ」
「わっ!? これは……竹剣ですか?」
「そういうことじゃ」
朝の腹ごしらえをしなければいけない。ノブツナと俊也は、前日までの修行で大量に取った高山瓜を煮て食い、腹を満たした。そして、ノブツナが不意に軽く投げて渡す物を、俊也は慌てて受け取っている。それは、久しぶりに見る竹剣であったが、これを用いて師がつけてくれる稽古は、
「わしが手ほどきしてやろう。ついて参れ」
「はい! ありがとうございます!」
ということであり、俊也が期待し、待ち望んでいたものだった。
「ついて参れ」という言葉ほどの距離はなく、稽古場は、ノブツナの洞穴からほど近い処にある。山腹ながらなだらかな平地になっており、開けて広い。足場を気にすることなく剣の稽古をつけてもらえそうだ。
ここに来ているのは、ノブツナと俊也だけだった。サクラは洞穴内で、高山瓜が長く保存できるように、下ごしらえをしてくれている。加工と保存方法次第で、この主食となる瓜は何年でも置いておけるらしい。俊也が取ってきた高山瓜の数はかなりある。サクラの手際が良いといっても、一日仕事になるだろう。
「よしよいぞ。かかって参れ」
「はい!」
イットウサイの師であるノブツナが、自分にも師として剣の手ほどきをしてくれる。そのことが俊也には最上の喜びであり、その段階まで認めてもらえたことが嬉しかった。彼は期待に応えようと竹剣を正眼に構え、ノブツナにかかろうとしている。それを受けるどんぐり眼の小柄な師は、竹剣を軽く左手に下げたままだ。しかし、
(どうにも打ちかかれない! まるでこの山そのものに見える!)
どこからでも打てということだろうが、俊也にはそれが出来ず、対しているだけで冷や汗を滲ませていた。イットウサイと対した時も、その強さがとてつもない威容に感じられたが、ただ竹剣を下げて立っているだけのノブツナからは、剣気の威容とはまた別の何かが漂ってくる。
(かからないことには始まらない!)
対峙する師に、俊也は何一つ人間らしい隙を見い出せていなかった。しかし、手をこまねいていたら、そのままで日が暮れてしまうだろう。彼は脚に魔法力を溜め、それを最大限の瞬発力に変えると、人とは思えないスピードで間を詰め、ノブツナに竹剣を打ち込んだ!