第二百二話 黒石の修行・その3
燃料入れである鉄の箱に、砕けた黒石の粉がサラサラと落ちていく。完全に修行のコツを掴んだ俊也は、「よし! よし!」と、小さく握りこぶしを作り、素晴らしい手応えに喜んでいた。
「だけど、これを10個か……大変だな」
そうなのだ。非常に大変なことである。まず、常人に黒石は砕けないという点は置いておいて、砕く過程で魔法力を力のエネルギーに変えることが、身体に負担が大きく疲労の蓄積も激しいのだ。ノブツナほどの熟達した者になればそれも造作ないと思われるが、初めて砕きようがない黒石を俊也は素手で砕いた。彼の疲れはそれだけで尋常ではない。
次の石に取り掛かる前に、俊也は持っていた水筒を開け、よく乾いた喉を潤した。そして、楽な姿勢で手頃な調理場の腰掛けに座ると、10分だろうか20分だろうかしばらく休息を取っている。その後、2つ目の黒石を右手に取り、またそれを粉々に砕く修行に取り掛かった。
俊也が黒石を砕けるようになったのは朝の事である。しかし、10個の黒石を砕き終わった時は、既に夕方前であった。
「ギリギリ間に合ったというところかな。いやー、ヘトヘトだ……」
言葉通り、俊也は全く疲労が隠せず、その場へ、へたり込んでいる。イットウサイの錬成場で積んだ修行は激しいものであったが、ノブツナが課した黒石の修行はそれを数段上回る辛さだった。
「やれやれ、何とか晩飯までには間に合ったようじゃの。できていなかったらどうしたもんかと思っておったぞ」
ノブツナとサクラはそれぞれ、大きな川魚と様々な種類の山菜を腕に抱え、洞穴から調理場へ出てきた。俊也は集中しすぎていて、ノブツナが剣神山の渓流へ釣りに行っていたのに気づかなかったようだ。川魚はその時、釣ったものであった。
疲れ切った紅顔の剣術家の足元にある鉄の燃料入れをノブツナは取ると、竈に中の黒石の粉をくべ、火種を擦り切りの火起こしで素早く作り、それを連鎖させて見事な炎で調理を始めている。竈の上部には火網が置かれおり、シンプルに焼き魚を作るようだ。サクラの方は、山菜で煮物を作っている。旨味を含む香ばしい匂いがしていた。
「明日は30個じゃ。まあそれはそれとして、食え。うまいぞ」
「はい。ありがとうございます」
さらっと大変なノルマをノブツナは課してきた。俊也はそれを動じることなく受け入れている。彼はイットウサイとは異なる優しさと厳しさを持つ最上の師に、非常な敬愛を心の中で既に持っていた。