第百九十四話 マウントオックス
なだらかな稜線は少しずつだが険しくなっていく。ただ、剣神山は先人の剣豪達が、昔からよく登っていた山でもあり、今でもモンスターなどの危険を避けつつ、人の手が入らないこともないらしい。そのため登山道は、はっきりとついており、女手を引きながらといえども、そこまで登りにくくはなかった。
一番の危険はモンスターであるが、山の2合目を少し過ぎたところでとうとう遭遇することになる。
「あれは凶暴そうだけど、牛かな? でかいな」
「マウントオックスという牛のモンスターです。大きいのですが、山の勾配を素早く動けます」
「なるほど。どうも見る限り、戦いは避けられそうにないですね」
頭に鋭い両角を持つ大牛は警戒を通り越し、こちらを敵意剥き出しの目で見ている。なるべくモンスターと戦わずノブツナの処へ向かいたい俊也であるが、相手が向かってくる以上は斬らなければならない。
「斬ります。サクラさんは俺の後ろにいて下さい。幸い、あの牛は群れていないようです」
「分かりました。ですがその前に」
サクラは俊也の背中に柔らかい両手を当てると、
「アースシールド!」
と、地の魔法を唱えた。2つの手のひらから発せられた、土色の魔力の光が俊也を包み込む。それは、俊也の身体全体を守る鎧盾となった。鎧自体は土色透明で重さがない。
「これは凄い! 少々の攻撃は何とかなりそうだ。ありがとうございます」
「お気をつけ下さい。それでもあの角に命を落とした村人は多くいます」
そう助言をすると、サクラは安全な後ろに下がった。頑丈な魔法の鎧をまとい、意気を得た俊也は刀を抜くと、切っ先を大牛の頭に向け、正眼に構え対峙している。マウントオックスは凶眼を俊也の目に向け、今にも飛びかからん様子だ。
「グモォオオオー!!!」
牛がこのように鳴くのかという程の大きな雄叫びを上げ、マウントオックスは勢いをつけ飛びかかって来た! 山の地形を利用した変則的な襲撃で、ビリヤードの球を勢いよく台の内壁へぶつけた時のように、稜線の駆け上がりを急角度で切り返し、俊也に突進してくる!
(…………!!)
奇襲である。しかし俊也は冷静に体を開いて大牛の両角をかわすと、その素首にすかさず斬撃を見舞った! 練磨されてきた彼の剣技は正確で、マウントオックスの首と体はその瞬間斬り離されている。断末魔を上げることなく、勢いがついた体は慣性に従い走り進むと、大地を揺らすように大きな音を立て落ちた。
事を終わらせた俊也は、何時も通り血糊がついた刀を懐紙で拭っている。