第百九十三話 稜線のハイキング
行きは若い男二人で早駆けをし、ムネヨシの邸宅まで来られた。帰りは可愛らしい村娘、サクラを連れて剣神山に戻らなければならない。俊也はサクラの進む速さに合わせながら、できるだけ急いで戻った。彼女はか弱いかと一見思ったが、ヤギュウの野に育っており意外に歩くのも走るのも速く、俊也が考えていた通り午前中に登山道の前まで戻ることができている。
「さて、サクラさん。ここからになりますが行きましょうか」
「はい。宜しくおねがいします」
剣神山を見上げると、最初はなだらかで傾斜が緩いが、徐々にそれも険しいものに変わっていっているのが分かる。ノブツナは山の中腹に居るため、山頂まで登る必要はない。だが、ムネヨシや宿の主人から山の環境に順応したモンスターが出ると聞いており、特に気をつけなければならない膂力を持つ大型のモンスターの話もその時出ている。
(一つ目で角が生えた大鬼に気をつけろ、か……。なんかゲームか漫画かでそんなモンスターがいた気がするが?)
何分、俊也はタナストラスに来て半年近く経っている。ゲームや漫画などからもそれだけの期間離れているので、あのモンスターではないかという記憶による見当がおぼろげになっていた。実際に、ファンタジー世界に登場するモンスターと数多く戦ってきているのもあり、彼自身の感覚がズレてきたのもその要因として大きい。
剣神山と呼ばれる由来は、その昔、山頂に近い比較的なだらかな場所に、どのような強者が挑んでも敵わない、剣神が居たからということらしい。その剣神は善い神様で、挑んだ強者を決して殺すことはなく、見込みがある者には剣の手ほどきをしていたそうだ。手ほどきをしてもらい、格段に強くなった昔の剣豪達は、剣神山を降りるとそれぞれの故郷や住む町、村などに帰り、剣神様の教えを生涯守り、それぞれの拠点の安全や治安を維持するのに多大な貢献をしたという。
「そういう話をムネヨシさんから聞いたんですよ。そんな剣の神様がいたのなら、俺も稽古をつけてもらいたかったですね」
「ふふっ、俊也さんは純粋に剣を追い求める方なのですね。私もおじいちゃんからその話を聞きました。三百年前までは剣神様がいらっしゃったようです」
「うーん、そうか。時間と時代だけはどうにもならないからなあ。とても残念です」
山のなだらかな一合目である。俊也とサクラはそんな談笑を交えながら、カップルがハイキングを楽しむように稜線を登っていた。低木や草の花が心地よく目に映り、野鳥のさえずりものどかである。だが、この二人の仲良さを見たとしたら、サキとセイラはどんな顔をするのだろう。