第百九十二話 村娘サクラ
「ここにいらっしゃいましたか。剣神山に向かわれたと宿で聞いて追ってきましたが、探しましたよ」
「俺を探していたんですか? 失礼ですがあなたは?」
「私は村長ムネヨシの邸宅で働いております使用人です。俊也さんですよね? あなたがムネヨシ様を訪れた時、私がお茶を運ぶことがなかったので、初めてお会いすることになります」
走りながらかなり急いで来たらしく、20代くらいに見える青年の使用人は息を切らせている。ムネヨシの邸宅から剣神山までそれなりの距離があるが、全て走ってきたのなら大した体力だ。彼にも剣術の心得があるのかもしれない。
「ムネヨシ様から言付かっております。剣神山へ登るのなら、連れて行って欲しい者がいる、とのことです。少しかかりますが、ムネヨシ様の処へ一緒に来て頂けますか?」
「分かりました。同行します」
ノブツナと会う許しと登山図までくれた村長の頼みである。断る理由はない。俊也は日の高さを見上げて確認し、
(山には午前中に戻ってこられるだろう。今日登ろう)
おおよその段取りを考えた後、使用人と共にムネヨシの邸宅へ急いだ。
二人とも体力充分の若者である。それなりの距離があるとはいえ、ムネヨシの処まで、左程の時間はかからなかった。朝日が少し高くなり、眩しくなった程度だ。
「おお、来てくれたか。剣神山に登ろうとしていたところであったろう。すまんな」
「いえいえ。それで、連れて行って欲しいという方は、もしかして……」
「そうじゃ。わしの孫娘での。サクラという」
登山を急ぐ俊也に、時間を取らせまいという配慮だろう。ムネヨシは邸宅の門外で出迎えてくれていた。この好々爺の傍らには、名の通り、控えめな様子ながら可憐な一人の美少女が、山登りの支度で立っている。どことなく和風の懐古的な美しさを持つ少女であった。
「サクラと申します。私をノブツナ先生の所まで連れて行って頂けませんか? 先生には以前、危ないところを助けて頂いた御恩があります。その御恩をお返ししたいのです」
「孫娘が言っている通りじゃ。俊也さんが剣神山に登る話をしたんじゃが、ノブツナ先生の身の回りの世話をして、御恩に報いたいと、突然言い出しての。こやつも大人しそうに見えて、言い出したら聞かん娘でな。どうか連れて行ってやってくれ」
「分かりました。ですがサクラさん、危ない山ですよ?」
「はい。足手まといにならないようにします。私は土の魔法が使えるので、お役に立てることがあると思います」
サクラは高い魔力を持つようで、控えめながら自信を見せてそう伝えてきた。案外俊也は、この緑髪が朝日に輝く可憐な美少女に助けられるかもしれない。