第百九十話 来てくれたんだな
剣神山に登りノブツナと会う許可を得た俊也は安堵し、残りのお茶をゆっくり頂いた。今、一番会いたい人物と、ようやく出会える目鼻がついたのだ。彼にとってこれほど嬉しいことはない。
「俊也さんなら、危険ながらも剣神山を登れよう。じゃが、気をつけて行きなさい」
「はい。ご助力ありがとうございます。十分気をつけて登ります」
自分を高めていく可能性が開けたことに、屈託のない笑顔で俊也は喜びを表しつつ、爽やかにムネヨシへ返答をした。快い若者の笑顔を見て、ムネヨシは深くうなずく。
(この若者は何かを成し遂げようとしておるのだろう。それが非常な難題でもできるやもしれぬ)
只者ではないこの好々爺はそこまで悟っていた。それだけ俊也に感じるポテンシャルが多大で魅力的なのだ。
さて、登山の許しを得たといっても、今日すぐ登るわけではない。宿屋でザイールと合流せねばならず、話はそれからである。俊也は、異世界に来てしばらく飲めなかった番茶をよく味わい、身の上話などを談笑した後、ムネヨシの邸宅を去った。かくしゃくとした爺の村長は、誠実な彼をいたく気に入り、
「必ずまた来なさい。あなたはとても若いのに話せるのう」
と、別れを惜しんで送り出している。
高山の麓村であるヤギュウにも、夕暮れが近づいてきた。晩秋が近づきつつある中、寒冷な空気が山から降り、眩しい西日は彼岸花の赤を際立たせている。俊也は、その美しくどこかしら故郷を感じさせる風景を、宿屋の窓から独り見つつ、ザイールが戻ってくるのを待っていた。
「おお! 来てくれたんだな! 久しぶりだね。何か一回り成長したように見えるな」
「お久しぶりです。旅で色々なことがありましたからね。そう見えるのかもしれません」
商談に行っていたのだろう。ザイールは白と青を基調とした上下の商人着で帰ってくると、景色を宿屋の座敷で眺めていた俊也を見とめて相貌を少し崩し、互いに蒸気船での渡航以来の再会を喜びあった。
「はははっ! 大人びたことを言うじゃないか。そうだ、俊也君。もう村長のムネヨシさんには会ったかい? あの方がノブツナ先生のことをよくご存知なんだが」
「はい。ザイールさんを待つ間に家へ行ってみました。あの方とは馬が合います。ノブツナ先生と会う許しの他に、俺に剣神山の登山図までくれましたよ。素晴らしい方ですね」
「そうか、君なら気に入られると思ったよ。良かった」
俊也は慧眼を持つこの交易商人に見込まれている。その見込通り、上々の行動を取っており、ザイールは改めて俊也を見直した。そして、男の一人旅同士だ。その晩、二人は再会を祝い、ささやかな宴を静かな宿で楽しんだようだ。