第百八十八話 村長ムネヨシ
村長ムネヨシの邸宅は、平屋であるがヤギュウ一番の広さを持つ、和の様式を取り入れた木造りの外観であった。このような広さがあるのは、村の会合や宴会などで、邸宅がその場所としてよく使われるからなのだろう。一言で言えば寄り合い場所だ。
邸宅の玄関まで俊也は来ると、「ごめんください」と、大きく通る声で挨拶の呼びかけをした。程なく人が出てきたのだが、少し意外なことに、使用人や手代といった類の人ではなく、かなり年配の男性が応対に現れている。白髪と白い髭を蓄えた老人だ。しかし、背はしっかり伸びていてかくしゃくとしている。
「ふむ、お若いな。旅の方ですかの?」
「はい。俺は矢崎俊也と言います。ヤギュウの村から見える剣神山に、ノブツナ先生がいらっしゃると聞き、ここまでやって来ました」
「なるほど、ノブツナ先生に用ですか。わしはノブツナ先生の友人で、ヤギュウの村長ムネヨシと申します。それにしても若いのにしっかりされた方じゃ。まあまず、お上がりなさい。簡素じゃが茶を出そう」
「ありがとうございます」
これだけのやり取りで、俊也とムネヨシは互いのおおよそのことが掴めていた。
(これは相当な剣客だ。イットウサイ先生と同じくらいの強さかもしれない)
村長ムネヨシから流れてくる自然な剣気を俊也は鋭く感じており、もしそこで刀を抜いたとしても、包み込まれるような不思議な無力感を彼は覚えた。強さ自体はイットウサイと同等と見たが、剣の流儀が全く異なるという印象を、俊也は察知している。
(ノブツナ先生もだが、この方に教えを請う必要もあるのでは?)
と考えたくらいだ。
一方ムネヨシは、俊也を近頃珍しいしっかりとした若者と捉えるだけでなく、俊也がムネヨシの剣気を見抜いたように、無限に可能性が広がる若々しく伸び盛りの剣気を彼から感じ、俊也を座敷に案内しながら嬉しそうに微笑んでいる。
(このような若者に出会えるとはな。長生きして良かったと思えるわい)
このかくしゃくとした好々爺は、素晴らしい剣才を持った俊也と、どのような語らいを交わせるか、非常に楽しみにしていた。
俊也は10畳ほどある座敷に通された。板敷きに、日本で言う茣蓙が敷かれた無骨で素朴な間である。彼はその10畳間をいたく気に入り、茶を待っている間、隅から隅まで見ていた。ここは異世界タナストラスであるが、ヤギュウにいると日本に戻ったような適合感を覚える。俊也は今日泊まる宿と同様、ムネヨシの邸宅にとてもしっくり馴染んでいた。