第百八十七話 しっくりくる宿屋
鄙びたヤギュウの村の田舎道を、俊也はしばらく懐かしむように見続けた。道端に連なって咲く彼岸花の赤に、タナストラスで出会うとは思ってもいず、彼はそれを見て、故郷である日本を思い出している。
「感傷にふけっててもしょうがないな。まずはザイールさんを探そう」
若いながら自分に厳しい俊也は、彼岸花に懐かしみを感じるのを止め、ここにいるはずの交易商人ザイールを探すことにした。辺鄙な処にある広さがない村である。村内にある宿屋を見つけて聞いてみれば、そのうちザイールに行き当たるだろう。
少し歩き程なくして、俊也は小さな宿屋を見つけた。その中に入ってみると木造りの古風な内装で、どこかしら和の様式も取り入れられている感もある。俊也はここでも日本を思い出し、しっくりと自分の感覚にこの宿が合うとも思った。
「ああ、いらっしゃい。お客さんか、珍しいな」
「はい。ここに泊まらさせて欲しいんですが、ちょっと人を探しています。ザイールさんという方をご存知ありませんか?」
「あの商人さんだな。ちょうどしばらくこの宿に泊ってくれてるよ。今は出ているが、夕方には戻ってくるはずだよ」
「そうでしたか! あの人とは縁があるんだなあ。一発で探し当てたぞ。じゃあ、俺もこの宿屋に泊まらさせて下さい。部屋は空いてますか?」
「ああ、もちろんいいよ。ザイールさんが泊まっている部屋以外、どこでも空いてるからね」
引き合わせというかなんというか、縁が強い人とはこういうものである。ここに泊まれば必ずザイールと出会えることがわかったので、俊也は宿代30ソルを払い、部屋を用意してもらった。しばらくの寝床として、しっくりするこの宿を使わさせてもらうことになりそうだ。
ザイールが宿泊中の宿屋を探し当てたとき、日が一番高い正午であった。ここでゆっくり、ザイールを待っても良いのだが、時間を有効に使いたいと俊也は考え、ノブツナ先生に関連することを、宿の主人に聞いている。
「知っているよ。あの御方は変わった人でね、ここから見える剣神山の中腹に住んでいらっしゃるらしい」
「やはり山にいらっしゃるんですね! どうしてもノブツナ先生に会いたいのですが」
「うーん、そうだな。ノブツナ先生はここの村長、ムネヨシ様と親交が深くてね。ムネヨシ様に聞いたら、会えるかどうか教えてくれるよ」
親切な宿の主人は、村長ムネヨシの邸宅までの簡略な地図を書いて渡してくれた。剣神山は雲を貫くほど高いが、俊也にとっては、やっと会えるかもしれないノブツナが、目と鼻の先にいるように思えている。