第百八十六話 ヤギュウの村
聖都を出て、俊也は北方に向かっている。北限の村、テレミラを拠点とし、瘴気の源泉を調査した時より、また季節は寒さが増す方に進んでいた。冷たい空気の入れ替わりが深まり、晩秋が近い。俊也はその寒さを凌ぐため、やや厚手の外套を羽織っている。
防寒の身支度以外に、俊也はこの先続く旅において、ある重要な準備をしておいた。彼がカラムのギルドでもらった地図は、書かれている範囲に限界があり、情報が完全とは決して言えない。そのため、セイクリッドランド城下町で売っている、精度の高いタナストラス全域の地図を、この一人旅の前に購入しておいた。これでどこへ行くにしても、そうそう迷うことはないだろう。
冊子状になっている世界地図を見ながら、俊也は鍛えられた脚で、どんどん歩を進めていた。剣神山の麓にある村として、ヤギュウの地名が地図に書かれている。彼は当然、その拠点に行ったことはないので、転移の魔法陣を使って瞬間転移で移動することができない。まず自分の足で、その地を踏む必要があるのだ。そして、ヤギュウの村と剣神山は、俊也が前回の旅で感じた見当通り、セイクリッドランドから北方に向かって行くと、東側に見えてくるとても高い山がそれであった。村は拠点として目立たないが、剣神山の麓に確かにあると記されている。
「一人旅は、自分を見つめ直せる絶好のチャンスだな。歩いているだけで、自分と向き合える」
俊也は、武者修行の剣豪のようなことをつぶやきながら歩いていた。彼は剣を通じて己に克つことを常に意識しているのだが、サキとセイラという美しい女性と一時であれ別れ、独り、野をただ歩くことを修練として捉えていた。楽しんでいる風にもいくばくか見える。
旅の途中、俊也はモンスターの襲撃に遭うことが何度かあった。今の彼の強さなら、セイクリッドランド近辺のモンスターを、跳ね除けることなど造作もない。怪物の襲撃も、自身の鍛錬の機会と捉え、手並み鮮やかにそれらを退治し、健脚による歩を多く進めている。
尋常ではない鍛錬を積んだ剣士の足ならば、セイクリッドランドから一日で着くのも可能ではある。しかし、俊也は無理をせず、一泊の眠りを魔法のロッジで取り、その後、ヤギュウの村へ到着できた。
「イットウサイ先生の錬成場は素晴らしかったけど、この村も同じくらい良いな」
ヤギュウに入った俊也の率直な感想である。ここでは、深まってきた秋の彼岸花が、村の田舎道を飾るように咲いている。その鮮やかな赤い花を気味悪がる人もあるいはいるが、彼は少年時代から、赤い花でこちらを窺う彼岸花に、よく親しんでいた。