第百八十五話 一人旅の始まり
神殿内では以前来た時のように、神竜ネフィラスの温かい加護が変わらず感じられていた。俊也たちによく来たと言っているようでもある。
「ジェシカさんからこの紹介状を預かりました。読んで頂けますか」
「はい……なるほど、隣にいらっしゃるサキさんとセイラさんに、ここで魔法を習得して欲しいと書かれていますね」
ジェシカが修羅を日本から連れてきた、ネフィラスを祀る祭壇の間に俊也たちは通されていた。俊也はこの神殿の責任者である修道女の長に、ジェシカがしたためてくれた書状を渡している。修道女長は一読すると、話が全て分かったようだ。
「承りました。確かにあなた方には、魔法の大きな可能性が感じられます。ネフィラス神殿で身につけられることは多いはずです」
「私達もネフィラスの修道女として、これ以上無い神聖な場所で経験が積められるのを光栄に思います。ありがとうございます」
修道女長の快い承諾に対して、セイラはとても丁寧でしっかりとした礼を返した。やはり、加羅藤家の長女として、彼女は責任をよく果たしている。
(よし、これでノブツナ先生の処へ行けるな。ようやく俺の修行ができるぞ!)
思えば最近の俊也は、リーダーとして修羅や加羅藤姉妹などの面倒を見る場面が多かった。それもこれで一段落し、自分のやるべきことができるのに、かなり安堵している。まとめ役というものは大変だ。
「じゃあセイラさん、サキ、頼んだよ。俺は剣神山に行ってくる」
「怪我には充分お気をつけて。私が作った守護符をいつも身につけるのですよ」
「もし怪我したら、すぐに傷薬とポーションを使ってくださいね」
「うん、わかったよ」
傍から見ればまるでもう、俊也には奥さんが二人いるようなものだ。やや厳格そうな修道女長も、彼らの夫婦のようなやり取りに、思わず顔をほころばせている。
「さてと……タナストラスに来て、初めて完全な一人旅になるな」
賑やかな人の往来があるセイクリッドランドから出て、俊也は遠方まで移動しようとしている。彼がつぶやいている通り、異世界に来て初めての一人旅となる。こうして人の往来を街中で見るのも、大抵、傍にサキやセイラがいつも居たので、独りの目でそれを眺めるだけでも、かなりの新鮮さを感じていた。俊也は元々、孤独が嫌いではないほうだ。
「なんかのんびりできるな。でも行くところはもう決まってるし、先に進むとしよう」
そう独り言で軽く方針を決めつつ、俊也は魔法のリュックを背負い直し、セイクリッドランドの門を出ていった。リュックに色んな物を背負っているが、今の彼において心の荷物は、今までで一番軽いかもしれない。