第百八十四話 二人の大胆な修道女
「そんなに頭を下げないで下さい。お顔を上げて下さい」
「えっ! それじゃ、神殿に行ってくれるんですか?」
加羅藤姉妹の機嫌が直ったと思い込み、俊也は拝むのをやめてセイラを見てみたが、彼女は清楚な中に、少し邪な笑顔を窺わせている。俊也はどうも嫌な予感がしてならない。
「あることをして頂けたら行きます。して頂けなければ行きません」
「分かりました。俺にできることならします。言ってみて下さい」
「ありがとうございます。俊也さんにしかできないことです。私に口づけをして下さい。口にですよ」
「口に口づけですか!?」
タナストラスの女性の大胆さに、男としてまだ全然慣れない俊也である。そして、セイラが清楚に見えて、好きな男性にはとても積極的なのを、少し頭の中に彼は入れてなかった。男として嬉しくないことはないのだが、困惑の方が大きい。それに、
「姉さんはいっつもそうよね! 私より先に俊也さんを取ろうとする! 俊也さん、私にも口づけをして下さい。でないと神殿には行きません」
可愛らしいふくれっ面で、自分より先へ行くセイラに怒っているサキも、同じ要求をしてきた。赤髪と黒髪の姉妹は、俊也の手を握って迫ってきている。彼の困惑は極まってきているが、男として腹をくくってやらなければいけない。
「分かった! 分かりました! じゃあキスをしましょう。俺の口は一つしかないんで一人ずつですよ」
何かが極まってしまったのか、俊也は口づけをすることを決め、そんな浮いたセリフまで言ってしまった。真面目な彼からそんな言葉が出るとは、加羅藤姉妹も思っていなかったが、二人とも、
(悪くないわね。たまにこうしてみようかな)
(こういう俊也さんもいいわね)
と、それぞれ妙な得心をしている。
俊也はセイラの肩を優しく抱き、彼女に柔らかいキスをした。そして、サキにも優しいキスを同じようにしている。これで加羅藤姉妹の機嫌は完全に直り、ようやく神殿に向かえることになった。
打って変わって上機嫌になった美人姉妹を連れて、俊也は荘厳潔白な石造りの神殿まで来ることができた。この神殿の清らかさを見て彼が思うのは、
(ネフィラス教は、なぜこんなに男女関係におおらかなんだろう?)
という疑問である。自分を好いてくれている加羅藤姉妹が、一応はネフィラス教の修道女であることから、余計そう考えてしまう。とはいえ、考えても結論が出そうにない。北方の辺境の村、テレミラで出会ったミハエルが、「答えがないことに妥協するのも必要になるよ」と言っていたが、こんなことでそれを思い出すとは、俊也にとって全くの想定外であった。