第百八十二話 交易商からの朗報
一日一日を無駄にせず急ぎたいとはいえ、俊也がタナストラスで持てる時間は多いのだ。ソウジとマリア、この世界の両親と、旅立ち前に一日ゆっくり過ごすくらいの余裕はある。俊也とサキ、セイラはまた幾らかの間、留守にする、色とりどりの花が季節ごとに咲く教会の庭を静かに眺め、その日はぐっすり実家で眠った。
「よし、これを渡しておくよ」
「1000ソル……ありがとうございます。大切に使います」
「俊也君は、私が出した金を素直に受け取ってくれるから助かるよ。君にはいいところが沢山あるが、私はそこが一番気に入っている。娘たちを頼んだよ」
「はい。今回も必ず守ります」
ソウジとマリアの見送りを受けて出立するのだが、転移の魔法陣を使うため、教会の門をくぐる必要はない。コスモスが咲く花壇がある庭で、両親は娘と息子たちとの別れを惜しんでいた。また、この広い家に二人のみで寂しくなる。
「では、行ってきます。また帰ります」
「うん。必ず帰ってきなさい」
「俊也くん、気をつけて行ってきてね。無事帰ってくるんですよ」
この限り無く優しい両親との別れが惜しいのは、俊也たちも同様だ。踏ん切りをつけるため、俊也は一度、自分の顔をパチンと軽く両手で叩き、加羅藤姉妹に視線で示すと転移の魔法陣に念じ、セイクリッドランドへ瞬間転移した。
聖都の町外れにまた彼らは現れた。ここには当然用はなく、行かなければいけない所はセイクリッドランドが誇る、銀行統合型ギルドだ。蒸気船で俊也と意気投合した交易商人ザイールから、また何か情報が入っているかもしれず、確認する必要があった。
「ああ、俊也さん。ご来店ありがとうございます。お待ちしておりました。ザイールさんから情報を預かっております」
「やはりザイールさんからありますか。それを頂けますか?」
「もちろんです」
瀟洒な作りのギルドでは、前の口座開設などの手続きで顔なじみになった、青年店員が対応してくれている。俊也たちが北方の調査に旅立って帰ってきた時に、敢えて、情報の確認を後回しにしていたので、ここに来る間隔がかなり空いてしまったことになる。それゆえ青年店員は、俊也を懐かしがる程であり、預かった情報をやっと渡せることにホッとしてもいた。
「あなたが探しておられた、ノブツナという方の消息が分かったそうです。詳しいことはこの手紙に書かれていると言付かっています」
「えっ!! 本当ですか!」
思ってもみない朗報とはこのことか、と俊也は心を小躍りさせている。喜びに逸る気持ちをコントロールしながら、彼は丁寧に、受け取った手紙を読み始めた。