第百八十話 統領の資質
俊也は修羅のことをイットウサイに託し、トラネスを後にしようしていた。そのためにここへ来たので、彼にはこれ以上とどまる理由がない。だが、そんなつれない俊也を、まだ引きとどめたい一途な美少女が一人いた。
「もう、帰ってしまわれるのですか? せめて、お昼までいらっしゃったら」
「ユリさんのご飯はおいしいから迷うなあ。まあでも、元々、修羅を先生に預けに来たんだし帰るよ。それに、先を急いでやらなければいけないこともあるし」
「そうなのですか……せっかくお会いできたのに残念です」
「また来ますよ。修羅においしいご飯を作ってあげて下さい」
俊也はそう晴れやかに笑い、親友をさり気なく気遣っている。ユリにとってはうまく引き止めを流されてしまった形だが、想い人である彼の笑顔を見られたので、そこにおいてはなんとなしに納得できた。
「俊也さん。私もここに残らせて頂こうと思っています」
ユリとの会話の後、そのようにはっきり申し出たのはジェシカだ。といっても、ジェシカがトラネスについてくる時、俊也は薄々、彼女がどういうつもりで同行しているのか分かっていた。
「分かりました。修羅が傷ついたら治してやって下さい。イットウサイ先生、ユリさん。ジェシカさんのことも御願いします」
「承った。それにしても俊也君、君は一段としっかりしてきたな」
「本当に。俊也さんは統領の資質があるのかもしれませんね」
「いやそんな大した者ではないです。あまり褒めないで下さい。照れてしまいます」
イットウサイとユリの親子は心からそう思っているのだが、賛辞を受けた俊也は顔を少し赤らめ、手を振って否定している。
「あっ、そうだ。俊也さん、大事なことを忘れる所でした。ユリさん、申し訳ありませんが、紙とペンを貸して頂けませんか?」
「はい分かりました。そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。すぐ持ってきます」
ユリとジェシカの相性は、やり取りを見る限り良さそうだ。ジェシカの想い人は修羅であり、恋敵とならないところも非常に大きいのだろう。サキやセイラへの対応とは大違いである。
頼まれた通り数枚の紙とペンを、ユリは持ってきてジェシカに手渡した。彼女は軽く会釈をして礼とし、紙に何やらしたためている。そう長い文ではないが、重要なことを書いているようで、かなり丁寧にペンを使っていた。
「できました。俊也さん、これを読んで確認して下さい。よろしければそのままお持ちになって下さい」
俊也はなんだろうと思いつつ、柔らかい表情でその書状を受け取ったが、読み進めると文の内容の意義に驚き、思わず銀髪のジェシカに体を向き直して、自分の見開いた目を見せている。