第百七十八話 今までは
錬成場の周囲は固めの土が敷かれていて、外でも稽古ができる。俊也と修羅、素晴らしすぎる剣の申し子の試合が先程行われていたので、外の稽古場に門人は誰も居ず、皆、錬成場内で剣撃の応酬を見ていた。そんな人っ子一人居ない外の稽古場の片隅に、いじましい可憐さで咲く秋の花がある。
「凄い試合でしたね。俊也さんが凄いのは知っていますが、この方はどういった方ですか? もしかすると俊也さんと同じくらい剣才があるのでは?」
「うん。彼は千葉修羅という名前で、俺の友人でもあり、剣を高め合っていくライバルでもあるという……まあ、ひっくるめていうと、幼馴染で昔からの剣友さ」
ユリは、久しぶりに俊也と会えたことが何より嬉しかった。だがそれは慎ましく置いておいて、まず、剣を志す者として、とてつもない試合を俊也とやってのけた修羅のことを聞いている。それは勿論、ユリにとって大きな興味を持つ所である。想いを寄せる男のことばかりを考えているわけではない。
「そうだったのですね! 修羅さんと言われるのですか。俊也さんのご友人なら何か納得がいきます。剣の速さなら俊也さんに勝っているかも……私にはそう見えました!」
「ありがとうございます。確かに今までは俊也に速さで負けたことはありませんでしたが……俊也、ちょっと言いたいことがあるんだがいいか?」
自身の剣の特長を褒められたわけだが、修羅はどういうわけか浮かない顔をしている。そして、どうしても解消されない引っかかりがあるようで、それが俊也に問いただす格好として現れた。ユリには、その態度がなぜ出てきているのか全く分からないが、俊也と試合の審判をしていたイットウサイには言わんとしている所がもう分かっていた。
「いいよ。言ってみてくれ」
「うん……お前は剣において僕に手を抜いたり手加減したりしたことはなかったよな? それが、さっきの試合では明らかに手加減していただろう? どういうわけだ?」
「やっぱ分かるよな。悪かった。本気で立ち合い直せば許してくれるか? 正直に理由を言うと、どこまでの力で今の修羅と試合うか迷っていたんだ」
「なるほどそうか。俊也、二度は許さないぞ。全力で試合い直せ!」
俊也と修羅は、互いに何を思い、何に怒っているのか違わず分かっている。狼狽したのはユリであった。先程のものが最上で最高の試合であったと考えていたが、俊也は手加減をしていたと言っているのだ。周りの門人にしても、どういう剣の次元で話をしているのか理解できないらしく、俊也と修羅、それにイットウサイを除いて、これから何が起こるのか、皆目見当がつかない様子であった。