第百七十七話 剣の語らい
立ち合いは始まり、互いに隙のない正眼の構えを見せている。門人たちが両者の試合を遠巻きに見ているのだが、それぞれ幾らかの心得がある者たちであり、俊也のみならず修羅の剣気も只者でないことは誰しもすぐに気づいた。
「おおおおぉぉおお!」
「さっ!」
試合う両者は、互いの剣気を呼応させるように気合声を肚の底から響かせている。不思議なことに、対戦をしているのだが、俊也と修羅が構える竹剣の間には、一まとまりの生き物が存在するかのように摂理的な何かが感じられた。それは、見ていて安心でき、ややもすると惹き込まれそうになる何かである。
(何て美しい試合なんだろう……)
門人の一人がユリを呼びに行き、彼女は俊也と修羅の手合わせに間に合った。イットウサイの錬成場において、父イットウサイには遥かに及ばないながらも、それを除けばユリは一番の実力者である。その彼女の心を強く惹き付ける、そういう試合が始まっていた。
「面!」
電光石火、最初の一打を仕掛けたのは俊也だ! 遠間から転瞬、距離が元々無かったかのように、彼が数えきれないくらい修練を積み磨いてきた、凄まじい速さの面打ちが飛んでくる! 確実に面を捉え、決まったと誰しも思ったが、修羅はその打ち込みをしっかりと竹剣で受け、鍔迫り合いに持ち込んだ。それは、そうなるのが決まっていたかのような、自然な型の流れと錯覚するほどであった。
「小手!」
鍔迫り合いですら互いに呼応し、見ている者にとっては流麗な型のようであったが、修羅は僅かな虚を突き、俊也の小手を瞬風の剣で打った! これも観戦者の誰しもが決まったと見ていたが、俊也は素晴らしい反応で竹剣を僅かに手返し、打ち込みを払うとすぐ、両者は試合開始時の両正眼に戻っている。
(…………)
審判をしているイットウサイのみが、彼らの間で剣の語らいが交わされているのを理解していた。この錬成場でここまでの若い剣才の語らいが見られるとは、剣の悟りを極めようとしているイットウサイ自身も思っておらず、嬉しさと楽しさのあまり笑みがこぼれそうになるのを、彼は抑えている。
「面!」
「面!」
静寂につつまれた錬成場で、時が止まったかのように両正眼で対峙し続けた俊也と修羅は、同時に互いの虚を取り、極めて自然な動きながら凄まじい速さの面を放った! 相面である。寸分の差もなく両者の面を同時に捉えている。
「そこまで!」
試合を制するイットウサイの肚からの声が錬成場内に響き渡る。それにより、その場にいた門人たちは、異なる世界から元の世界に戻ったような感覚を覚え、それぞれ顔を見合わせざわついていた。