第百六十七話 我が家と恋路
タナストラスでは魔法や魔力を持った道具は、そこまで珍しいものではない。俊也が重宝して使っている魔法のリュックにしても、カラムのギルドの親父から比較的簡単に買えた。だが、転移の魔法陣クラスの物は逸品であるし、瞬間転移自体がこの世界においても、そうそう見られるものではない。
「このあたりならいいだろうな。便利な道具だけど気を使うな」
「さすがに瞬間転移は、町の人が見るとびっくりしちゃいますからね」
上述の理由があり、俊也たちはセイクリッドランドの町外れで転移の魔法陣を使おうとしている。タナストラスの住人なら瞬間転移も魔法によるものだと理解できるが、魔法の概念が日常的にあるにしても非常に珍しい現象なのだ。ここで使うのは、あまり目立ちすぎるのを避けるためである。
俊也は「じゃあ、転移するよ」と、サキたち4人に呼びかけ、転移の魔法陣に手をかざし、懐かしいカラムの教会のイメージを浮かべた。転移の魔法陣が青く輝き広がっていく……
転移の魔法陣に吸い込まれると、次に見た景色はとても懐かしいものであった。俊也にとってタナストラスの実家とも言えるカラムの教会。そして、その庭に立っているもみの木の下に彼らはいる。
「わあ~! 帰ってきた~! ありがとう俊也さん!」
サキは里心が叶った嬉しさからかとても喜んでおり、その勢いで俊也に抱きつき頬にキスまでしてしまった。セイラも同様な嬉しさを感じていたのだが、妹が想い人に大変なことをしたので、顔が綺麗な般若に成りかけている。
「実を言うと一度帰りたかったんです。ありがとうございます俊也さん」
セイラは内心穏やかでないながら年長の余裕を見せ、俊也の前に立つとその口にお礼のキスをしてしまった。
「ああ~っ!? 何よ!? 何なのよ!?」
三歩後をついて歩くように見せておいていつも自分の先を行く姉の、共通の想い人への強烈なアプローチに、サキは泣きそうになってしまいコスモスが咲く花壇の辺りで顔を覆ってうずくまってしまった。
「…………」
「俊也、いつもこうなのか?」
「ああ、うん、なんというか……」
「大変なんだな」
冷静に状況を見ていた修羅は、俊也の肩をポンと軽く叩きねぎらっているようだ。美人姉妹の恋路が絡み、その対象が自分であることを考えながらパーティをまとめていく必要があるが、俊也が一番頭を悩ますところかもしれない。
懐かしい我が家である教会の庭に涼やかな秋風が吹き込み、花壇に広がる薄いピンクのコスモスともみの木の枝を優しく揺らしている。もみの木は柔らかく微笑んでいるようであった。