第百六十四話 晩には帰るんだぞ
ジェシカとの関係で妙過ぎる誤解を受けてしまったが、その後、修羅は何とかしてその場を切り抜け、詳しい話を聞くため、彼に好意を持ってくれている銀髪の美少女を自室に連れてきている。その時も、部屋に二人きりにして間違いを起こさないだろうかと、修羅の両親は、早とちりからいらない心配でそわそわしていた。
俊也がサキと出会った最初の頃、今と同じように俊也の自室で話をしたが、修羅とジェシカの場合もそういった流れである。修羅の自室は俊也の部屋ほどは物が多くなく、さっぱりとしている。勉強や剣道関連の本意外では、少しばかりの小説や漫画があるくらいだ。
「やっと落ち着けた……。じゃあ、俊也のことや、ええっと……タナストラスって言ってたよね? その異世界のことをしっかり話してくれないか」
「承知しました」
サキが俊也と初めて会った時に、様々な説明を彼にしていた。ジェシカも同様に修羅に対し、ここまでの経緯などを一通り詳しく説明した。
「そうなのか。俊也はそんな大変な旅をしているのか。それに、相当な強さになっていると」
「はい。タナストラスの救世主として活躍され始めています。俊也さんが素晴らしい剣士であるという勇名も、世界の一部でですが、広まりつつあります」
「…………」
修羅は親友でもあり好敵手でもある俊也に、大きく水を開けられた感覚を覚えている。異世界という手の届きようがない場所で、とてつもない経験を積んでいる。そのことに、彼はかなりの焦りと悔しさを感じ、表情に隠せていなかった。
「修羅さん。説明した通り、あなたにも救世主としてのとてつもない適性があります。俊也さんは、あなたにこう伝えて欲しいと仰っていました。『矢崎俊也が待っている。木刀を持って来て欲しい』と」
「俊也が待っている……」
修羅の顔には葛藤が巡っている。数分だろうか、顔を沈め、しばらく彼は深く考えていたが、
「分かった。あいつが待っているなら行かないといけない。タナストラスへ連れて行ってくれ」
「ありがとうございます」
思い切りよく異世界へ旅立つ決断をすると、手早く旅支度を整え始めた。
彼らが千葉家の玄関から出ようとしている時も、修羅の両親はそわそわと見守っていた。ただ、2人の仲は良さそうに思えており、安心している。
「出かけるのか?」
「うん。少し遅くなるかもしれないよ」
「そうか。晩にはジェシカさんを連れて帰るんだぞ。ご馳走を用意しておくからな」
「……分かった」
しばらく戻ることがない我が家の玄関を出た修羅の眼には、両親を思い、薄く涙が浮かんでいた。